No.33(2020) p.79-87
特集Ⅱ第42回未来医学研究会大会
世界にみる医療機器開発の潮流
スタンフォード大学 池野 文昭
2010年代にはじまった第四次産業革命は、医療領域にも様々ないい影響を及ぼしはじめている。2020年代の幕開けと同時にこれらの技術が社会実装されている10年になるのではと予想する。これらの新技術を活かすのは、社会におけるアンメットニーズを適確に捉えることであり、そのニーズに対し、最良のアイデアを導きだし、そこにこれらの新技術がベストマッチすると社会は変わっていく。筆者は、米国にわたり今年で19年がたつが、米国におけるイノベーションと第四次産業革命技術の関連を医療機器の視点で簡単に述べる。

1. はじめに

 2001年から米国シリコンバレーに位置するスタンフォード大学に留学している。2020年現在で丸々19年留学していることになる。コンピュータ関連産業、現在では、人工知能、ソーシャルネットワーク、GAFAに代表されるネットワーク産業の世界中心である。そのようなシリコンバレーであるが、実は、医療関連産業、特に医療機器に関しても世界最大のベンチャークラスターであり、様々な医療機器がここから世界に発信されている。19年シリコンバレーでサバイバルしている肌感覚から未来の医療はどの方向に進んでおり、医療機器としてどのようになっているのか予想してみた。

図1 スタンフォード大学

2. 歴史的な医療機器の進化の傾向

 過去の歴史を紐解くと、医療機器のその多くは、侵襲的な治療法を低侵襲にするという方向に進んできている。そして、これが、無侵襲になると薬の独断上になっていくのである。つまり、外科的な治療法をいかに、低侵襲にしていくか?例をあげれば、心臓のバイパス開心術を低侵襲にしたのが、心臓カテーテル治療である。そして、2019年にアメリカ心臓病学会で発表された安定狭心症に対するカテーテル治療と内服薬の治療を比較検討したISCHEMIA試験に示された両群に生命予後の差が無いという結果に代表されるように、薬に代表される無侵襲に移っていく傾向にある。また、低侵襲な機器も、小型化される方向に進化してきている。初代植込み型心臓ペースメーカーは、煙草箱の大きさであったが、現在は、1本の煙草半分程度の大きさで、リード線もなくなり小型に進化した。また、診断機器に関しては、医療現場で医師などの専門家によって使用されてきたものが、家庭で一般人によって使用される方向にも進化してきている。家庭用血圧計、体温計などがそのいい例である。専門機器の一般化への進化である。このように医療関連機器は伝統的に進化してきた。

3. 最近の医療機器の進化傾向

 1980年代後半、パソコンが出現、1990年半ば、携帯電話が出現、1990年後半、インターネットの普及、そして、2007年にiPhoneが出現、2010年代にWearable、AI、ソーシャルネットワークが出現し、現在に至る。シリコンバレーを震源地とするこれらの機器・サービスは、第四次産業革命を起こし、あらゆる方面で世界に影響を与えている。医療領域も当然であるが、一般消費財に数年遅れるも、これら第四次産業革命の影響を大きく受けてきている。伝統的な医療機器メーカーとGAFAに代表されるプラットフォーム企業が接近し、お互いの強みを活かし、今までの医療機器にない付加価値を生み出している。GoogleとJohnson & Johnsonが組んだロボット手術のVerb社などがそれである。また、従来の医療機器会社が、ネットワーク技術を組み込んで内製化したデバイスなども一般化してきている。植え込み型の心電計、心不全の徴候を早く掴むための肺動脈圧センサー、血糖測定センサーとインスリンポンプを連動させた糖尿病治療機器などである。また、診断機器では、コンピュータ処理能力の向上、人工知能との組み合わせにより、様々な診断機器がでてきており、医療の効率化、医師の負荷軽減などに期待されてきている。また、センサー技術、ネットワークの普及、人工知能の一般化などにより、一般消費デバイスが、進化しているが、それが、健康増進、予防医療、予測医療、先制医療など、医療領域に応用されてきている。従来の医療機器の進化は、医療現場の専門家が使用する機器が家庭で一般人が使用する方向に進化すると先ほど説明したが、昨今は、その逆の現象がおこってきており、一般消費デバイスが、医療領域に進化してきているというのが、新しい傾向である。これらが、革命と言われている所以はこのようなパラダイムシフトがあるからであろう。

4. Unmet Needsと医療機器

 AI・IoT・Data・ICTは、医療においても、非常に有力な技術であることは間違いない。しかし、これらの技術を最大限に有効に活用するには、”For What?” つまり、「何のために使用するのか?」 をしっかり押さえておくべきであろう。しっかりと解決されていないニーズを掴み、それを解決するため、最適な技術を使用していくのは、過去も現在も、そして未来も決して変わらない医療機器開発の肝である。しかし、社会インパクトが大きいアンメットニーズが見つかり、これらの第四次産業革命技術が、それらを解決するためのMUST Haveな技術であれば、これらの新技術は、最強の手段になる。逆に、インパクトが大きなニーズが見つからなければ、単なる自己満足になってしまう。それでは、現代の医療におけるアンメットニーズは、何があるだろうか? 例をあげると、各国共通な医療の課題は、医療の進歩に伴う医療の複雑化、医療費の増大、非効率化、医療アクセスの制限などを挙げられる。これらのアンメットニーズを解決することに、第四次産業革命技術がどのように貢献できるかが、これらの技術が真に医療界に貢献するための肝になってくる。次にいくつか実例をあげて説明する。

4.1. 米国における心不全治療の限界

 米国の死亡原因の第一位は、心臓疾患である。その中でも、心不全患者は非常に多く580万人の患者がいる。また年間110万の心不全患者が入院を経験し、その入院治療費を中心に、心不全にかかる医療費は、年間$39.2B (約4兆円)かかってしまっている。そして、約半分の心不全入院患者は、半年の間に再入院を繰り返す。再入院する原因の41.9%は、退院後の薬剤服用不十分、生活管理不十分が原因である。つまり、退院後の家庭での、服薬遵守、生活管理、そして、増悪傾向を早めに捉えることにより、再入院のリスクを少なくとも42%低減できるという訳である。これは、単純計算し、約2兆円の医療費削減に繋がる。それでは、どのようにすれば、これら退院後の心不全患者を管理することができるのだろうか? そこに、第四次産業革命技術が威力を発揮することになる。例えば、センサー技術の進化により、小型化が進み、これらを用いバイタルサインをモニターし、インターネット経由でクラウドに飛ばし、分析し、心不全悪化の予兆があれば、病院から患者さんに連絡が行くというシステムである。心不全患者を自宅で遠隔管理し、また、その予兆を個人データの蓄積により、個別化したデータベースから心不全悪化の兆候を予測するというものである。また、薬のコンプライアンスを向上させるようなアプリ(例:Medisafe)などが、多くの契約数を保っておりその必要性がわかる。

4.2. 肥満、糖尿病管理

 CDC (Centers for Disease Control and Prevention)の報告によると、1億人以上のアメリカ人が、糖尿病、または、糖尿病予備軍であるという。3千万人(人口の9.4%)が、糖尿病で、8千4百万人(人口の26%)が、糖尿病予備軍であり、何もしなければ5年以内に2型糖尿病に移行する。また、人口の約32%が、BMI 30以上の肥満であり、糖尿病予備軍が多い原因にもなっている。それに伴い、センサー技術を利用した血液を利用しないパッチ型の血糖測定器、食べるものの写真を撮ってカロリーを自動計算し、食事指導をするアプリなどが非常に流行っている。しかし、多くの肥満、糖尿病予備軍は、食欲との戦い、または、運動などの生活習慣の是正が安価でかつ最良の治療であるが、所詮、戦う相手は自分である。至上最強の敵は、自分であり、自分との戦いであるために、これら、食事制限、生活習慣是正は難しい。最初のきっかけは、自分の健康に対する不安であるが、それを継続していくのは、このように至難の業である。故に、肥満、糖尿病、予備軍は、減るどころか増加傾向にある。しかし、ビジネスの視点からすると、顧客は増加していることを示し、アンメットニーズは、益々大きくなっており、それを解決するアイデアを生み出すモチベーションは大きくなっている。第四次産業革命技術がこれらの自己との戦いに勝つアイデアを導き出してくれると信じている。

4.3. 手術の標準化、遠隔手術

 今、世界中に普及しつつあるロボット手術の先駆け“da Vinci”は、1990年代にSRL (Stanford Research Laboratory)で米国国防高等研究計画局の依頼を受け開発された。戦地などの負傷者を本土の医師が遠隔治療する目的である。1999年シリコンバレーのベンチャー企業Intuitive Surgicalが、商品化を目指し2000年代にFDAの承認を取得し現在世界に広がっている。ベテラン医師は、自身の経験と腕により、ロボット以上の手術ができるが、そのレベルに達するまでに経験年数と生まれ持って備わった資質が必要になってくる。これらのロボット手術機器は、標準レベルの医師でも神の手をもつ医師と同程度の手術を可能にするものであり、医療の標準化に役立つ。また、若手の医師達は、家庭用テレビゲームで育った世代であり、Joy stickが日常の世界で育ってきた。彼らにとって、ロボット手術に対する抵抗感は明らかにベテラン医師より低い。また、“da Vinci”開発の当初の目的である遠隔手術であるが、今後、インターネットの通信速度の向上(例:5G)により、現実的なものになってくることが予想される。特に、手術施行医が少なくかつ、一刻も早い治療が要求される領域(例:脳血栓の血栓除去カテーテル手術)において、ロボット治療機器は革命を起こす可能性を秘めている。現在、米国内でロボット治療機器を開発しているベンチャーは、多く、様々な領域でこのトレンドは続いていくと思われる。

4.4. 在宅医療の普及

 破壊的テクノロジーは、必ずしも革新的なテクノロジーは元になっていない。例えば、既存のタクシー会社を破壊してしまったUberは、スマホとネットとグーグルマップがその基礎技術である。また、驚くことに世界最大のタクシー会社になりあがったUber社は、一台も自社のタクシーを保有していない。世界最大のホテル会社であるAirbnbは、一件もホテルを保有していない。世界最大の映画館であるNetflexは、一件も映画館を保有していない。このように、明らかにゲームチェンジャーであるこれらの新興企業が現代社会を変えている。それではこれらの動きが医療の世界でも起こるのであろうか? 一応、医療従事者の端くれにいる筆者としては、あまり医療の世界で破壊的なテクノロジーが出現してもらっては困るが、実際には、そのような動きが出現してきている。ずばり、それが、”Virtual Hospital”である。急性期を乗り越えた患者さんをいかに、在宅で安全に管理するか? それをすることにより、患者さんが自宅という慣れた環境で療養ができ、かつ医療費の絶対的な削減を導くことができる。しかし、それには、安全で確実に患者をモニターし、何かあったら、即対応ができなければならない。そこで、第四次産業革命の様々な技術の出番である。また、人工知能を活用した患者各々に応じた医療の個別化が、在宅管理をより確実なものにするかもしれない。実際に米国内の病院では、試験的に在宅管理をしている病院も登場してきている。そして、これらの動きに非常に敏感なのが、米国医療を司る米国民間医療保険会社である。しかし、それ以上に最もその興味を示している企業群がある。それが、GAFAである。GAFAは、そのネットワーク、データ管理の技術などを駆使し、大手の薬局、医療保険会社となどと手を組み、医療領域に進出することを虎視眈々と狙っている。世界最大の病院が病床をもっていないという時代が本当に来るのかも知れない。そして、その主役がGAFAのようなプラットフォーム企業になっているのかもしれない。

5. 日本の最大の課題 高齢社会

 それでは、本邦における未来医療はどのようになっているのであろうか?それには、本邦が現在抱える問題に注目すると予想可能である。それは、ずばり少子高齢化である。これらをいかに解決していくかが本邦にとって非常に重要であり、すでにその課題は顕在化してきている。2001年筆者が、スタンフォードに留学したての頃、工学部キャンパスにおいてすでに自動運転自動車の研究が行われていた。今、その技術は社会実装フェーズに入っており、本邦の高齢者の自動車運転事故を解決してくれる技術に発展してくれるのもかもしれない。本邦は、現時点で世界一の高齢社会であり、今後、出生数が急速に増加しなければ、世界一の高齢社会はさらに、急速に進行していく。しかし、少なからず先進国の多くが日本まではいかないまでも高齢化社会が進んでいっている。本邦における高齢社会のアンメットニーズに対するアイデアが実現化できれば、いち早くそれを未来、世界に展開できるかもしれない。その意味で、本邦は、潜在的にイノベーションの宝の山とも言えるであろう。

6. 最後に

 「未来を予測する最良の方法は、自ら未来を創ることである」 というのは、Peter Drackerの名言である。筆者は、すでに50才台であり、すでに人生の中間地点を越えてしまった。限られた人生をこの世に少なくとも、足跡くらいを残せて行けたらと日々、行動している。しかし、Drackerの名言に習うと、個人で未来を創ることも大切であるが、未来を創ることができる人財を創ることが最も効率的なのかと最近思う。その意味でも、残りの人生を教育と人財育成に挺身していくことを2020年元旦に誓った。我々の未来をより良いものにしていくために。

(2020年1月1日受理, 2020年3月23日公開)


池野 文昭 (いけの ふみあき)

スタンフォード大学

経歴

1992年 自治医科大学医学部 卒業

1992年 医師国家試験合格

1992年〜1994年 静岡県立総合病院 初期研修医

1994年〜1997年 焼津市立総合病院 内科後期研修医

1997年〜2001年 国民健康保険佐久間病院・同付属山香診療所 総合診療医

2001年〜2004年 Stanford University, Division of Cardiovascular Medicine, Postdoctoral fellow

2004年〜 Stanford University, Division of Cardiovascular Medicine, Researcher

2013年〜 MedVenture Partners, Inc, Co-Founder, Chief Medical Officer

2015年〜  Program Director (U.S) of Japan Biodesign, Stanford Biodesign

2015年〜  Executive Director of Ja[pan Biodsign

2019年〜  Co-Director of SPARK Global

公務

2009年〜 日米医療機器規制調和(HBD: Harmonization By Doing)運営委員

2018年〜 浜松市観光大使 「やらまいか大使」

2019年〜 文部科学省 科学技術・学術審査会専門 委員

2019年〜 経済産業省 次世代医療機器開発推進協議会 委員

2019年〜 AMED 先進的医療機器・システム等技術開発事業 PO

専門分野

医療機器、高齢者医療、地域医療、循環器内科、予防医療