No.33(2020) p.5-10
特集I先端生命医科学研究所創立50周年記念
先端生命医科学研究所とバイオメディカル・カリキュラム50年の歴史
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 秋山 義勝
「医工連携」、「産学連携」、「医工融合」等の言葉は今では当たりのように聞く時代であるが、東京女子医科大学 先端生命医科学研究所は半世紀も前から先駆的に取り組んできた。本誌面では先端生命医科学研究所の50周年記念として、本研究所の半世紀を振り返りながら、先端生命医科学研究所の「医工連携」、「産学連携」、「医工融合」の実践を支えたバイオメディカル・カリキュラムの半世紀の歴史も紹介したい。

 先端生命医科学研究所の歴史は、その前進である「医用技術研究施設」(1969年5月1日)の開設から始まる。理工学のテクノロジーを基礎医学や臨床医学に取り入れたMedical Engineering (医用工学)による、新しい診療技術、医療機器を創出するための医用工学研究の場、理工学と医学の知識を有する人材育成の場として設立された。初代施設長には三浦茂教授が就任した。医学と工学の異分野を融合した教育研究の場を大学で開設することは極めてユニークであったと言えよう。

 施設設立後の1969年7月には、医学と工学の学際領域に関わる人のために系統的な医学知識と工学との教育を通じ、新しい医用機器技術開発者を養成することを目的に「医療産業技術者養成カリキュラム」(後に医用工学カリキュラム、バイオメディカル・カリキュラム(BMC)と改称)も開設された。開設当初は医学一般コース、医学電子工学コース、医用機械工学コース、医用電算機コースの4コースで講義、実習が構成され、基礎・臨床医学から電子計算機のプログラミン等、医療機器開発に必要な内容を網羅した内容であった。開設当時から民間企業に勤める社会人が本カリキュラムに数多く参加した。また、講義を行う先生方も本学のみならず東京大学、早稲田大学等の医師、研究者や東京芝浦電気株式会社(現在の株式会社東芝)、日本電気株式会社、NHK総合技術研究所(現在のNHK放送技術研究所)等の民間企業で活躍する方々が担当した。このような医学・工学の系統的なカリキュラムは国内唯一のものであり、海外でも非常に例が少なかった。

 1976年5月に櫻井靖久教授が施設長に就任し工学と医学を連携させ、人工臓器、膀胱ペースメーカー、サーモグラフィー、レーザーメス、患者ロボット、臓器保存装置等の医用工学に関する研究を本格的に進めた。就任に際し、医用工学研究を推進する施設として施設名を「医用工学研究施設」に改称した。1989年4月には今後の医学における材料の重要性を見据え、学際的かつ集学的にバイオマテリアル研究を推進する施設として東京理科大学生命科学研究所、東京大学工学部、早稲田大学理工学部、上智大学理工学部と協力してInternational Center for Biomaterials Science (ICBS) (国際バイオマテリアルサイエンスセンター)を設立した。これにより、国内外の理工学系研究室のみならずUtah大学(米国)、Twente大学(オランダ)等の欧米の主要大学とも密接に連携できる研究基盤ができ、血液適合性材料、ドラッグデリバリーのための高分子ミセル、インテリジェント表面等の独創的なバイオマテリアルを創出され、企業を取り込みながら「医工連携」を推進した。また、同時に日本バイオマテリアル学会、DDS学会の会長や理事を務め、関連する国内、国際学会の運営に携わりながらバイオマテリアル研究の普及や新しいバイオマテリアルを創出する人材の育成を行った。

 櫻井靖久教授が就任した時期の「医療産業技術者養成カリキュラム」の卒業生(第8期まで)はすでに200名を超え、その卒業生を母体として1978年1月に「未来医学研究会」が設立された。過去の「未来医学」の冊子を読み直すと、「未来医学研究会」設立にはカリキュラム卒業生の自発的な働きも大きかったようだ(未来医学 第5巻 「未来医学の10年と未来」)。1982年の第13期からは、名称を「医用工学カリキュラム」と変え、さらに受講生の積極的な研究活動を期待して、現在のBMCの大きな特徴の1つともいえる「未来医学セミナー」を取り入れた。その後、「医用工学カリキュラム」の名称はBMCとなった(1995年以降)。

 1999年3月には岡野光夫教授が施設長に就任し、施設名を「先端生命医科学研究所」に改称した。岡野光夫教授は前施設長櫻井靖久教授の「医工連携」の考えを発展させ、「医工融合」「産学連携」による先端医療技術の創出とその産業化への取り組みを実践した。

 2001年4月には理工薬学と医学の知識を融合し、新しい治療技術や医療技術を創出する人材の教育、育成を目的に2001年4月に東京女子医科大学医学系研究科の中に代用臓器学分野、再生医工学分野、先端工学外科学分野、遺伝子医学分野の4分野からなる先端生命医科学専攻を開設し教育研究機関として成長、発展してきた。

 2008年4月には東京女子医科大学、早稲田大学の先端テクノロジーや医療技術を融合させ、「医工融合」を基盤とした先端医療研究の実践を通じ、医学および医療産業の発展に貢献することを目的として、高倉公朋先生(東京女子医科大学 元学長・名誉教授)、白井克彦先生(早稲田大学 元総長)をはじめとした両大学の様々な関係者の支援のもと東京女子医科大学に隣接する敷地に「東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(通称TWIns)」を創設した。

 TWIns内には先端生命医科学研究所とメディカルイノベーションラボラトリー(MIL)から成る先端生命医科学センターが設置され、そこでは様々な企業が参画し医師、理工薬系の研究者と共に、基礎研究で得た成果を産業化に繋ぐ場として機能している。

 岡野光夫特任教授の独創的な発想で生まれたインテリジェント材料と温度応答性細胞培養皿の発明は「細胞シート工学」という新しい研究分野を生み出し、医師との連携、融合によって「細胞シート再生医療」の有用性を広く実証してきた。特に、大和雅之教授は学内外の医師、研究者と共同で細胞シートの臨床応用を成功させ、清水達也教授は毛細血管の導入による三次元組織構築を実現し、心筋組織工学を切り拓いた。また、伊関洋教授(当時)と村垣善治教授は企業と共同でインテリジェント手術を開発し、その後、スマート治療室(SCOT)の体系化と実用化に成功した。

 2010年4月には早稲田大学と共同で日本初の共同大学院である東京女子医科大学・早稲田大学共同大学院共同先端生命医科学専攻を創設し、先端医療機器や医用材料、再生医療、ゲノム医療等の開発、実用化、普及に必要な医療レギュラトリーサイエンスの学問体系確立とその人材育成を行っている。

 先端生命医科学研究所は文部科学省、内閣府、経済産業省、厚生労働省、日本医療研究開発機構、新エネルギー・産業技術総合開発機構等からの支援を得て、数々の大型研究プロジェクトを推進し、学内外の医師や研究者との融合を通じ新しい治療方法や診断技術を創出してきた。一方、これらの研究プロジェクトを通じ人材育成にも力を注いできた。先端生命医科学研究所で学んだ多くの学内外の学生、研究者は東大、早大、慶大、理研等の教授、准教授、グループリーダー等のポジションで活躍している(約400人)。先端生命医科学研究所で医工融合の実践を学んだ海外留学生も、現在では米国、韓国、中国、フィンランド等で活躍している。先端生命医科学研究所は国内外の大学、研究機関、医療機関とともに先端医療を創る医師、研究者を育成しながら「医工連携」、「産学連携」、「医工融合」の実践を通じ、新しい医療機器・医療を創出する持続的なイノベーションサイクルを継続している。

 2013年からは本学医学部生の研究マインドを涵養するための先端医療現場での研究体験プログラムを実施し、女性医師研究者の育成にも尽力している。これらの教育研究活動は国内外でも注目を集め、TWIns創設以来、先端生命医科学センターには総理大臣、スウェーデンン国王をはじめとして国内外から5,421人(2020年2月現在)がTWInsを訪問している。

 また、TWIns開設後には「再生医療実習」をBMCカリキュラムに取り入れ、細胞シート作成から移植までの先端医療研究をBMC受講生にも体験してもらっている。

 2016年4月からは清水達也教授が先端生命医科学研究所所長に就任し、大和雅之教授ととともに細胞シート工学を基盤とした再生医療の更なる発展と普及を進めている。2016年11月には、TWInsでの医療分野の研究開発やその成果の実用化への取り組みや医薬・医療機器業界の第一線で活躍する人材を2000名以上も輩出したBMCの実績が認められ、東京女子医科大学 先端生命医科学研究所は早稲田大学 先端生命医科学センターとともに日本医療研究開発大賞 経済産業大臣賞を受賞した。さらに、清水達也教授が中心となり将来の食糧事情問題の解決に向け、藻類と細胞シート工学を融合させた培養食肉生産システムの開発のプロジェクトをスタートさせ(未来社会創造事業「藻類と動物細胞を用いた革新的培養食肉生産システムの創出」(2018年4月開始))、細胞シート工学の新しい応用に挑戦している。

 これからも、新しいことに挑戦するという精神を忘れず、研究所所員一同は「医理工薬融合」「産学融合」の実践を通じ、先端医療を創出する人材育成とともに先端医療の創出と普及のための国際的な教育研究施設としての発展を目指していく(図1)。

図1 先端生命医科学研究所所員の集合写真(2019年4月撮影)

 最後に、これらの壮大な教育研究活動を年表形式でまとめた。本誌面では語れなかった先端生命医科学研究所の教育研究の軌跡の年表をご覧いただきたい(http://www.twmu.ac.jp/ABMES/ja/history)。

(2020年2月28日受理, 2020年3月23日公開)


秋山 義勝 (あきやま よしかつ)

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 講師

略歴

1996年 東京理科大学 理工学研究科 応用生物科学専攻 卒業

1996年 ファルマシアバイオテク株式会社(現 GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社)に入社 研究開発室に配属

1997年 財団法人 高分子素材センター(現 化学技術戦略推進機構)へ出向 高度刺激応答材料グループに配属

2001年 東京理科大学 理工学研究科 博士(工学)を取得

2001年 アマシャムファルマシアバイオテク株式会社(現 GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社)に戻る 研究開発室に配属

2002年 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所に助手として入所

2008年 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 講師

専門分野

バイオマテリアル(力学刺激によるバイオ界面の物性制御、伸展性を有する新しい細胞培養基材の開発とその細胞シート工学への応用)、組織工学、マイクロポーラスマテリアル