No.33(2020) p.28-37
特集I先端生命医科学研究所創立50周年記念
先端生命医科学研究所これからの50年
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 先端工学外科学分野 村垣 善浩, 正宗 賢, 伊関 洋
先端生命医科学研究所はこれまでもこれからの50年も、常に医療イノベーションの源であり続ける。具体的には、Moonshotを実現し続ける戦略開発集団であり、スタッフや大学院生は新学術分野を創生するとともに産品を利益に変える能力をもつFinisher で構成される。ニーズ・シーズ・コンセプトと、どの駆動方式からも開発を始められ、医療機器・再生医療・複合産品と、それぞれの特性に応じた臨床試験で実用化する。スマート治療室というデジタル情報でデータ産出を行いデータサイエンスに基づいたエコ試験によってエビデンスを構築する。普及化標準化のために、国内的には薬事や保険収載、国際的には標準化や拠点形成を企業と積極的に連携していくが、自らの起業も選択肢として持つ組織となる。そして2050年といわれるAIのシンギュラリティまでは、マイクロ・ナノテクや量子コンピュータを導入し、新治療法を創造し続ける。
1. 先端工学外科の沿革と活動

 先端生命医科学研究所の前身である医用工学研究施設は1976年櫻井靖久教授が立ち上げられた。1998年櫻井先生が中心となったNEDOのME連携プロジェクトが始まると同時に、当時の医工研の岡野光夫教授や大和雅之教授と、高倉公朋元学長と伊関、村垣らの脳神経外科グループとの緊密な関係が始まった。そして、2001年岡野先生が先端生命医科学研究所を立ち上げた際、研究所内に伊関が医療機器開発する新たな教室である先端工学外科学分野を設立した。現在、先端生命研は清水達也教授、大和先生らの再生医療分野とともに、脳神経外科堀智勝元教授、岡田芳和前教授、川俣貴一教授らと緊密な連携の元、研究開発を進めてきた。

 医療機器開発は、薬剤開発における薬学部のように専門育成機関がなく、様々なプレイヤーが開発の各パーツを担う複雑なシステムである。ニーズ(医療現場で必要なことやもの)は病院のスタッフや医学系研究室から需要が上がり、シーズ(医療に使えそうな新規技術)は医療機器企業や工学系研究室が供給していたが、昨今は一般企業の参画が増加している。このニーズとシーズがうまく合って開発が進めば、学会論文発表となり、認証あるいは薬事承認されれば医療機器として市場に投入される。そして最終ゴールは市販後に普及しその疾患に対する標準診断あるいは標準治療となることである。達成するには、新たな教育法が必要であり、先端生命研はその新システムを創出してきた(図1)。

図1 先端生命研による医療機器開発の現状と今後50年の役割

医療ニーズ側の病院や医学系研究室と技術提供シーズ側の医療機器・一般企業や工学系研究室を結び付け論文化や実用化を行っている組織である。今後50年で、コンセプトの基づいた開発を行い、ビジネス化や標準治療化まで突破できる研究開発や人材育成を行う。

 先端生命研全体として50年の歴史を誇るバイオメディカルカルキュラム、2008年設立した早稲田大学との共同先端生命医科学専攻でのレギュラトリーサイエンスをテーマとする共同大学院(有賀淳教授、田村学先生、正宗)、そして22名のスタッフを有する先端工学外科学は社会人大学院生を主とし医学研究を行う大学院である。医師、歯科医師、獣医師、薬剤師、放射線技師、そして社会人と多彩な院生は在学生9名含め71名、内51名が博士(医学)を取得した。外科学をテクノロジーで進化させ、精密誘導治療を実現することが大きな目標(Moonshot)である。精密誘導治療とは、外科医の新しい目と脳と手によって施行される、超低侵襲で精密な診断即治療とそのシステムである。

 2000年に術中MRIを核として情報誘導手術を施行するインテリジェント手術室を開発し [1]、脳外科手術を主として2023例施行し悪性脳腫瘍の90%の平均摘出率と良好な生存率を得た。また、発展形としてすべての機器がIoT (Internet of Things) で接続するスマート治療室SCOT® (Smart Cyber Operating Theater®)を [2]、日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development : AMED)支援下で開発し、第1回オープンイノベーション大賞を受賞した。手術室はこれまで滅菌が必要な手技を行う空間を提供する「場」であったが、SCOTは部屋自体が一つの医療機器となる治療室である [3]。第一段階の機器をパッケージ化したBasic SCOTを広島大学に、それら20機器をネットワークでつないだStandard SCOTを信州大学に、そしてロボット化とAIによる意思決定支援を目指すHyper SCOTをプロトタイプ版(図2)と臨床版を本学に導入した。3タイプで90例以上の臨床研究をすでに施行している。今後は国産新治療を実装した治療機器を開発し精密誘導治療を実行するとともに、国産の高品質医療機器で構成されるSCOTを産業化し、自動車を超える治療室産業を興したい。

図2 東京女子医科大学に導入されたHyper SCOT プロトタイプ
2. 先端工学外科含めた研究所の今後50年

 先端工学外科のこれからの50年は、主テーマである精密誘導治療とそれを行う場としてのSCOTを完成、発展させる期間となる。SCOTは画像診断機器を核とし様々なセンシング機器で診断即治療が行われる。全機器がワイヤレス化し、AIの進歩でより正確な診断と最適治療が選択される [4]。SCOTは5Gや6Gさらには10G?の超高速通信技術の発展により、戦略デスクによって遠隔地からの意思決定支援、災害救急現場等にSCOT自体が現場に向かい治療を行うmobile SCOTとなり、災害救急現場から宇宙をカバーすると考える。FATSではMRI対応ロボット [5]、5節リンク型内視鏡ロボット [6]、手台ロボット[7]、単孔ロボット[8]等研究者がそろっているが、並行して開発する様々な治療支援ロボティクスを介した遠隔手術も現実化するだろう。AIによるシンギュラリティが到来するまで、新規治療法を考えるのはヒトであり、音響力学的療法や光線力学的療法の様な画期的な治療法の開発も進み、無切開超低侵襲のターゲッティング治療が行われる。進行疾患に関しては臓器単位で細胞シートから進歩した人工再生臓器による移植で救命できる時代となる。

 再生医療と医療機器開発を柱としている研究所は、Moonshotを実現し続ける戦略開発集団であり続ける。そのためには、臨床試験や治験も高度に効率化し、社会実装のためのfinisher (産品を利益に変える能力をもつ)の育成や起業含めた資金調達システムも完備した研究所となる。すなわち大きなコンセプトのもとで、ニーズとシーズを結び付け実用化とともにビジネスの下での普及そして究極の標準治療化までを突破できる組織となる(図1)。

3. 謝辞

 先端工学外科学分野の現スタッフ、非常勤講師、そして元スタッフや大学院生に対し、教室の活動への貢献に深謝します。そして脳腫瘍に一緒に携わった脳神経外科 丸山隆志先生含めてグリオーマグループの先生方、共同研究を行ってきた先生方に臨床や研究への貢献に深謝いたします。また、経済産業省、AMED、厚生労働省、文部科学省含めて研究事業の支援に深謝いたします。

4. 文献

[1] Muragaki Y., Iseki H., Maruyama T., Tanaka M., Shinohara C., Suzuki T., Yoshimitsu K., Ikuta S., Hayashi M., Chernov M., Hori T., Okada Y., Takakura K.: Information-guided surgical management of gliomas using low-field-strength intraoperative MRI. Acta Neurochir Suppl 109:67-72, 2011

[2] Okamoto J., Masamune K., Iseki H., Muragaki Y.: Development concepts of a Smart Cyber Operating Theater (SCOT) using ORiN technology. Biomed Tech (Berl). 63:31-37. doi: 10.1515/bmt-2017-0006., 2018

[3] 村垣 善浩, 岡本 淳, 正宗 賢: 【ICTや人工知能の活用による医療の新展開】進化する手術室「スマート治療室SCOT」. 日本医師会雑誌 147:1614-1618, 2018

[4] 楠田 佳緒, 岡本 淳, 堀瀬 友貴, 小林 英津子, 田村 学, 伊関 洋, 正宗 賢, 村垣 善浩: AI surgeryを実現するスマート治療室SCOT. 人工臓器 48:24-25, 2019

[5] 正宗 賢, 稲垣 貴文, 高井 信治, 鈴木 真: MRI環境下手術支援用穿刺マニピュレーターの開発および画像歪み計測. 日本コンピュータ外科学会誌 3:273-280, 2002

[6] 小林 英津子, 正宗 賢, 鈴木 真, 他: コンピュータ外科 腹腔鏡ナビゲータ. BME 11:40-45, 1997

[7] Goto T., Hongo K., Ogiwara T., Nagm A., Okamoto J., Muragaki Y., Lawton M., McDermott M., Berger M.: Intelligent Surgeon's Arm Supporting System iArmS in Microscopic Neurosurgery Utilizing Robotic Technology. World Neurosurg. 119:e661-e665.:10.1016/j.wneu.2018.07.237. Epub 2018 Aug 1016., 2018

[8] Horise Y., Matsumoto T., Ikeda H., Nakamura Y., Yamasaki M., Sawada G., Tsukao Y., Nakahara Y., Yamamoto M., Takiguchi S., Doki Y., Mori M., Miyazaki F., Sekimoto M., Kawai T., Nishikawa A.: A novel locally operated master-slave robot system for single-incision laparoscopic surgery. Minim Invasive Ther Allied Technol 23:326-332, 2014

(2020年3月14日受理, 2020年3月23日公開)


村垣 善浩 (むらがき よしひろ)

未来医学研究会 副会長

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 副所長

先端工学外科学分野 教授

脳神経外科 教授 (兼務)

東京女子医科大学 メディカルAIセンター センター長

早稲田大学 理工学術院(大学院先進理工学研究科) 客員教授

学位・資格等

博士 (医学) 1997年女子医大

博士 (生命医科学)  2014年早稲田大学理工学術院

脳神経外科学会専門医, がん治療認定医, 医療情報管理士, ディープラーニングジェネラリスト, Best Doctors

略歴

1986年3月 神戸大学 医学部 卒業

1986年4月 東京女子医科大学 脳神経センター 脳神経外科 研修医

1992-1995年 米国ペンシルバニア大学病理学教室 (Trojawnoski教授, Lee教授) 留学

1999-2001年 東京女子医科大学 脳神経外科医局長

2011年4月 東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 先端工学外科学分野 / 脳神経外科(兼任)教授

主な英文雑誌への掲載数

NMC (13), J Neurosurg (22), Acta Neurochir (11), Neurosurg (3), World Neurosurg (10), J Neurosci (2), Brain (1), Nat Genet(1) 他. 被引用数4403, h指数34 (by Google scholar)

受賞

2004年 第18回先端技術大賞 産経新聞社賞

2007年 グッドデザイン賞 部門/分類:新領域デザイン部門

2007年 第2回 モノづくり連携大賞 特別賞

2010年 産官学連携功労者 科学技術担当大臣賞

2011年 東京都医師会賞 グループ研究賞

2013年 Microsoft Innovation Award 2013 最優秀賞

2014年 日本生体医工学会 荻野賞

2016年 グッドデザイン賞

2019年 第1回日本オープンイノベーション大賞 厚生労働大臣賞他

専門分野

スマート治療室の開発, がんや悪性脳腫瘍の新治療法開発, DDS, レギュラトリーサイエンス

 

正宗 賢 (まさむね けん)

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 先端工学外科学分野 教授

略歴

1993年3月 東京大学 工学部精密機械工学科 卒業

1999年3月 博士(工学) 東京大学

1999年    Johns Hopkins University 客員研究員

2000年    東京電機大学理工学部生命工学科 講師

2005年    東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻 准教授

2014年4月~ 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 先端工学外科学 教授

主な受賞

2000年 日本エム・イー学会荻野賞

2007年 日本コンピュータ外科学会CAS Young Investigator Award日立メディコ賞Gold賞

2016年 グッドデザイン賞 (スマート治療室)(代表:村垣善浩)

2019年 日本オープンイノベーション大賞(厚生労働大臣賞) (代表:村垣善浩)

専門分野

医用工学 医療ロボット, 手術ナビゲーション, 内視鏡デバイス

 

伊関 洋 (いせき ひろし)

社会医療法人至人会 介護老人保険施設 遊 施設長

略歴

1974年9月 東京大学医学部医学科卒業

1974年10月  東京女子医科大学脳神経センター脳神経外科医局入局

1976年4月 同 助手

1997年12月 同 講師

2001年4月 東京女子医科大学先端生命医科学研究所助教授(大学院医学研究科先端生命医科学系専攻先端工学外科学分野)(脳神経外科兼任)

2005年4月 早稲田大学生命医療工学研究所 客員教授

2006年11月 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 教授(脳神経外科兼任)

2010年4月 同 教授(東京女子医科大学・早稲田大学共同大学院共同先端生命医科学専攻)(東京女子医科大学大学院医学研究科先端生命医科学系専攻先端工学外科学分野・脳神経外科兼任)

2014年4月  早稲田大学理工学術院 先進理工学研究科教授(東京女子医科大学・早稲田大学共同大学院共同先端生命医科学専攻)/ 東京女子医科大学先端生命医科学研究所非常勤講師

2019年4月 社会医療法人至人会 介護老人保険施設 遊 施設長