本原稿が掲載されているころには、コロナは制圧されているかもしれないが、やはり最近の話題としてはコロナに触れざる得ない。私自身、時折、危機感が緩んだことを反省している。天然痘は日本では1955年が最後の感染例で、世界では1980年が撲滅宣言だそうである。天然痘程の重篤な感染症が撲滅されたこともあり、私は科学を過信していた。実は今、人類が撲滅できたたった一つの感染症である天然痘でさえ、研究用ウィルス漏洩、化学合成、動物痘の変異、等によるヒトへの感染リスク上昇が懸念されているそうである。なかんずく、その他の感染症は、変異が進んでいること等より撲滅できていない。この反省を踏まえて私は、基本的に「感染症は撲滅できない」前提で、以下を生活に導入しようと努力している。
①デフォルトでマスク生活にする(マスク生活になってから花粉症が発症しない副次効果あり)
②物を触ったら手洗い、顔を触らない、帰宅したら手洗いうがい、励行する(幼稚園・小学校で教わった記憶あり)
現在努力中であるが、平和な生活が戻っても習慣づけたいと思う。
閑話休題。さて、標題の未来医学の件、コロナ下で感じたことを記載したい。ライフサイエンスを有用物質や有用機器の開発につなげるためには、生物の観察とウエットな実験が必須である。しかし、ウエットな実験は、材料、動物、ボランティア、実験施設と研究者の出勤、等が必要になり、その分、研究者の感染リスクは上昇する。そこで、視点をドライな研究に向けてみるとそこには利点があると考えるので、以下にドライな研究について2点記載した。
先ず第1点目として、「既に得られた集積データの観察とそれからの有用性の抽出」による研究である。これはデータベースを使った計算の実行が主な作業である。医学研究で時折耳にするリアルワールドデータの利用は、レギュラトリーサイエンスの一環として、MID-NET(Medical Information Database Network)やNDB(National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan、レセプト情報・特定健診等情報データベース)等を利用して、計算により有用な研究結果を導くものである。例えば医薬品の研究開発では、以下のような利用目的が考えられる。
①規制当局と合意しながら、新規製品の承認審査時の参考データとして利用する。
②現適応の妥当性の検証データとして利用する。
③規制当局と合意しながら、適応追加の承認審査時のデータとして利用する。
④規制当局が科学的エビデンスを積極的に発信し、ガイドライン等を発出したり、再審査再評価に利用する。
リアルワールドデータ研究の利点として、既に得られたデータを計算する点で効率的であり、研究リソースや研究者の感染リスクも抑制できる。一方、課題としてはケースコントロール研究やコホート研究、等の限界があり、観察研究では患者への介入・管理ができないこと、元データが特定の研究特異的なデータセットではないことから、母数が大きくなったり、試験計画が限定されたりする可能性がある。
ドライな研究の2点目として、集積データを後ろ向きに解析するのでなく、前向きにデータを取得していく研究として「患者データの自動取得・解析および自動治療指示(手術や薬ではない)」の開発が考えられる。薬機法改正に伴い、薬機法対象の医療機器に「単体プログラム(ソフトウェア)」が加えられたことから、現在「治療アプリ」が開発されている。開発された治療アプリの特徴としては、患者自身が測定できるポータブル臨床検査機器と、その結果から疾患の改善につながる指示を出すアプリケーションで構成されている製品が多い。薬事承認された治療アプリは、医師に処方され、健康保険が適用される。治療アプリには以下の利点が考えられる。
①医師が全ての患者に毎日、検査、結果の検討・確認、指示を実行するのは多忙で困難。
②アプリケーションの方から予告させることで、患者が自身のアクションを忘れにくい。
③医師より話しやすいキャラクターやアバターを設定できる??
④医師と連動させてフォローできる。
⑤検査・確認⇔指示の一連の流れは、電子的な臨床記録となる。
⑥遊びのフィットネス(任天堂:ヨガ/リングフィットアドベンチャー)の延長感覚で、患者に親しんでもらえる可能性あり。
一方、留意点としては、以下が考えられる。
①承認のための評価項目として「行動変容」だけでなく、意識変容、認知機能改善、検査値改善、症状改善を設定できるかがチャレンジング(既存のガイドラインとの整合がないと評価項目設定は困難?)
②ビジネスモデルの確立
以上、新しい生活様式、持続的な社会開発、研究者の安全を確保、リソースの効率的活用と言ったワードを目にする中で、ドライな研究として「リアルワールドデータ研究」と「患者データの自動取得と・解析及び自動治療指示(手術や薬ではない)」を考えてみた。しかし、考えれば考えるほど「ラボでのウェットな実験や臨床試験」が医学研究の肝であることを思い知らされるのであった。
(2021年1月20日受理, 2021年1月26日公開)
正木 人志 (まさき ひとし)
MSD株式会社 ファーマコビジランス
BMC33期
略歴
1987年三菱化成株式会社(現三菱ケミカル株式会社)入社
1988年萬有製薬株式会社(現MSD株式会社)入社
現在に至る