No.33(2020) p.137-141
特集Ⅲ未来医学研究会のいま
大学発ベンチャーの起業
イミュニティリサーチ株式会社・エイツーシグマ株式会社 安河内 正文
オプジーボ®やキイトルーダ®などの免疫チェックポイント阻害剤は、多くの種類のがんで画期的な治療効果を示しています。有効例では数年にもわたる長期のがんコントロールが可能であり、治療中止後にも効果が持続することも報告されています。一方で、治療開始後、早期に病勢増悪を認める無効例が約半数に見られることも知られています。高価であるために医療経済に与える影響が指摘されており、治療前または治療開始後早期に効果を予測し、適切な症例に適切な免疫チェックポイント阻害剤を選択する技術の開発が急務とされていました。その中で当社は、埼玉医科大学リサーチパーク内に研究室を開設し(図1「研究開発体制」)、同大学との共同研究のもと、免疫チェックポイント阻害剤の効果予測の事業化に向けてまい進しております。
図1 研究開発体制

 

 BMCを33期に修了し、もう少しで20年になります。当時は製薬企業に勤めながらBMCに通わせてもらい、充実した1年を過ごしましたが、BMCで学んだ事を実践してみたくなり、終了後に当時交流した方々を通じて起業したいという思いが強くなりました。

 BMC終了後は一旦製薬企業に戻りましたが、そこから2年後に自分の意志で退職するとは自分自身も想定しておりませんでした。退職後に具体的な仕事が見つかっていたわけではありません。当時は政府が知財立国を目指したために、多くの大学で知財・産学連携に関わる部署が立ち上がり、その流れとして埼玉医科大学の知財部を立ち上げる仕事が舞い込んできました。知財に関する経験などありませんでしたが、それをやるしか生活の糧がなく、この仕事に従事することになりました。それが今の私の仕事に結びついていくのですから、世の中何が起こるか全く分かりません。

 全くゼロからの部門の立ち上げでしたので、机・パソコンを買うだけでなく、特許や知財戦略に関わる書籍を何と「30万円分」購入することになり、紀伊國屋で「爆買い」した記憶が懐かしいです。

 当初は3年くらい勤めたら何かシーズが見つかって起業できると考えていたことが甘かったことを思い知りました。大学の知財と言っても起業できるネタは限られており、それに出会う確率は宝くじに当たることに近いくらい「奇跡」であるということは、やってみるまで知る由もありませんでした。待てども待てども「これでビジネス化したい」というシーズに出会うことがなく10年が経過しようとしていた時、その奇跡は起きました。

 当時、オプチーボをはじめとする「免疫チェックポイント阻害薬」は、医療経済に与える影響も指摘されており、治療前・早期に治療効果を予測し,適切な対象や適切な免疫療法を絞り込む方法の解明は世界中で急務でしたが、その効果予測を末梢血で簡易に可能とする発明が、埼玉医科大学国際医療センターの教授である各務博先生から出されました。私の右脳が「これで起業しよう」と私に命令し、左脳が発明を特許化することと同時並行で会社を設立する準備に入りました。一方で、「これに集中しよう」とも考え、2017年3月で埼玉医科大学を辞めて、同年5月に大学発ベンチャーである「イミュニティリサーチ株式会社」を設立しました。

 会社設立時に最も重要で最も困難である「資金調達」には本当に苦しみましたが、製薬企業を辞めてから自分の拙いスキルでサポートさせていただいた方々から支援を受ける事ができ、最初の資金を集めることができました。その時々で懸命に身近の人のためにできる限りのことをしてきた結果が自分を助けてくれるとは、正に「情けは人の為ならず」という気持ちにさせられました。

 さて、現在がんで亡くなる方は世界で1000万人以上を数え、今も増え続けています。

 これに対して治療法は、長い間、手術療法、放射線療法、抗がん剤療法が中心でしたが、近年、免疫チェックポイント阻害薬が登場して免疫療法が加わり、大きく変わりつつあります。免疫チェックポイント阻害薬は免疫応答のブレーキを解除して、T細胞による抗腫瘍効果の発揮を促進します。実際、固形がんに対して、副作用も少なく、劇的な効果があることが知られています。しかし薬の価格が高い一方で、効果のある人が少ない問題点もあります。がん種により異なりますが、一般的に奏効率は2割から3割程度というのが世界のエビデンスとなってきました。

 この奏効率の低い問題点を解決するため、自らイミュニティリサーチ株式会社を立ち上げた話は上述の通りですが、当社設立の目的はそれだけではなく、がんなど医療に残された課題を免疫学によって解決することを目指しています。特に個々のT細胞の多様な性質や機能をビックデータとして資源化し、そこから得られる新知見(インサイト)に基づいて診断や治療の方法を提案し、またT細胞の機能をコントールすることによる疾患の治療法や予防法の開発を行います。このようなある個人のある瞬間の免疫状態を明らかにする作業を免疫モニタリングと呼び、我々は、血液中の免疫細胞のモニタリングを行うことによって、免疫細胞のパターンと様々な患者の状態とを関連付けることを目指しています。

 この効果予測方法を内容の一部に含む特許は埼玉医科大学より出願され、当社がその独占実施権を取得しました。この方法の実用化のため、シスメックス株式会社に権利の一部をライセンスアウトして、同社が診断薬を開発中です。
また、ちょうどこの会員近況報告を執筆中にその出願特許「がん免疫療法の臨床効果を予測する免疫学的バイオマーカー」(特願2019-526634)が特許成立しました。

 会社が設立されてから2年半以上が経過しまして、現在では医師、知財人材、マネージメント人材、研究者、財務の専門家、経験豊富なプロジェクトリーダー、バイオに強い法務の専門家、データサイエンティスト、免疫解析の専門家、IT専門家など、様々な人が集まってきています。

 今後は、これらの人々がもたらす力を結集して、がんをはじめ多様な疾患の診断、治療、予防に貢献して参ります。

(2020年2月12日受理, 2020年3月23日公開)


安河内 正文 (やすこうち まさふみ)

イミュニティリサーチ株式会社

エイツーシグマ株式会社

BMC33期

経歴

1995年 神戸大学理学部 物理学科 卒業

1997年 筑波大学大学院 スポーツ医科学修士課程 修了

     大塚製薬株式会社 入社(2004年7月退職)

2006年 エイツーシグマ株式会社創業 代表取締役

     埼玉医科大学 客員講師(2017年3月まで)

2017年 イミュニティリサーチ株式会社創業 代表取締役

 

その他現職

株式会社ユニシス 社外取締役

東邦大学医学部 客員講師

東邦大学理学部 非常勤講師

NPO法人オールアバウトサイエンス 理事

NPO法人がんノート 監事

一般財団法人松崎隆造医療基金 評議委員

医療法人松寿会認定再生医療等委員会 委員

著書

「ラボノートの書き方(羊土社)」

「特許公報の読み方―1日完読版(山の手総合研究所)」

「研究者なら知っておきたいラボノートの書き方と知財知識(金沢電子出版)」e-learning教材