Vol.47(2014年2月19日配信)

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 こんにちは、RegMed-now編集室です。寒さが厳しく、東京でも道の端にまだ雪が融けずに残っていますね。年度末で忙しい時期ですが、身体に気をつけて頑張りましょう。
 来月開催される第13回 日本再生医療学会総会において本プロジェクトのブースを出展し、「未来医療への挑戦者たち」を配布します。今回が最終配布となりますので、学会に参加される方は、是非ブースにお立ち寄りください。また、全編無料のPDF版も絶賛配布中ですので、ぜひお知り合いにも広めて頂けましたら幸いでございます。

◆PDF版書籍ダウンロードページはこちらから→http://twins.twmu.ac.jp/gcoe/rmn-book

 さて今号では、梅津光生先生のインタビュー第2回をお送りします。留学体験から得たことや新しい大学院、研究所を生み出すまでの経緯を伺いました。どうぞお楽しみください。


【目次】

1. インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第10弾 梅津光生
●第2回「人とのつながりで広がる世界」

2. 再生医療トピックス
◇第13回日本再生医療学会総会 開催のお知らせ
当学会において東京女子医科大学グローバルCOEが出展し、書籍の配布を行います。ぜひお立ち寄りください。
◇第30回日本DDS学会学術集会 演題登録のお知らせ

3. ABMESダイジェスト
◇中皮細胞・線維芽細胞から作製した腹膜細胞シートによる術後癒着防止効果(川西邦夫ら著)


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第10弾
-早稲田大学 先進理工学研究科 生命理工学専攻 梅津光生

【プロフィール】
梅津 光生(うめづ・みつお)
1979年早稲田大学大学院博士課程単位取得後、国立循環器病センター、シドニー・セントビンセント病院客員工学部長を経て、1992年早稲田大学教授。2001年には早稲田大学大学院生命理工学専攻初代主任を務め、2008年より早稲田大学先端生命医科学センター(TWIns)センター長、2010年より東京女子医科大学-早稲田大学共同大学院共同先端生命医科学専攻長を務める。工学博士(早稲田大学)、医学博士(東京女子医科大学)。


☆シリーズ第10弾を読む > 第1回第2回最終回

●第2回「人とのつながりで広がる世界」

◆嫌なことが1つもなかった留学生活

──先生はその後、オーストラリアに留学されていましたよね。

 最初に行ったのは1986年。35歳ぐらいのときだな。面白いのは、岡野さんも当時、海外にいたんだよね。彼はユタで、2人とも全く違うけれど。彼とは同時期に学生時代を過ごしたんだ。その後、循環器病センターで人工心臓を作ったときのポンプ室の血液接触面のコーティング材料に、岡野さんの作った抗血栓性のものを使った。それで良いものができたわけだ。そういうことで、昔からいろいろ付き合いはあったね。

 僕はオーストラリアで、人工心臓のプロジェクトリーダーをやっていた。日本人は1人だけだったから、英語を話せないとしようがない。だから、朝、行きの通勤電車の中で1日1個ぐらい英語で冗談を考えていったり、前の人の読んでいる新聞を見て、分からない単語があったら、全部メモをするなんてこともしてたんだ。それでもとにかく分からないことだらけで、とても大変だった。

 でも、1人だけというのは逆に良かった。当時、日本というのはものすごく評判の良い国で、オーストラリアで一番のフレンドリーな国だったわけだ。当時最大の貿易相手国は日本だったし、第2外国語はみんな日本語を勉強していたんだ。

──ご家族も連れて行ったのですか?

 それはもちろん。うちの息子は小学生だったので日本人学校に行ったんだけど、そこは世界で2番目に大きくて、さらに日本人とオーストラリア人の両方の子供が入れるという特別な日本人学校だった。娘はまだ幼稚園だったので現地の学校に行ったんだよ。現地の学校もプライベートスクールで、普通は生まれたときに登録をしないと入れてくれないところだったのだけど、セント・ビンセントという病院で僕を雇用してくれたVictor Chang先生が国民栄誉賞を取った人だったおかげで、特別に計らってもらって、入れてもらえたんだ。そうしたら、中にいる人たちは本当に上流の人たちばかりだったから、毎週、いろいろな家のパーティーに呼ばれたりして、そうすると付き合いが広がっていって、みんなは僕がどんなことをやっているかを知ってくれた。そしたら、僕がたまたま向こうの雑誌に出てしまったことがあったんだけど、住んでいたPrinces Streetという道の端っこにあったNews Agent(いわゆる「よろずや」さんで、新聞を売っているような所)のおばさんがそれを見つけて、「あなたはこのストリートの誇りである」と言って、みんなに紹介してくれたりもした。とにかく本当に嫌なことは1個もなかったね。

◆オーストラリアで学んだ大切なこと

──オーストラリアに行ったからこそ得た経験というのはありますか?

 僕は本当にいろいろなことを向こうで勉強したよ。娘の学校の教育でびっくりしたのは、学期末に、娘が何も書いていない成績表をもらってきたわけ。娘は初めは英語が全くできなかったのだけれど、そのうちクラスのリーダーになって、けんかの仲裁をやっていると先生が笑って教えてくれた。そんな娘が、これはお父さんかお母さんが書くんだと先生が言っていたと言うから、学校に電話をしたの。そうしたら向こうの先生も笑って、お父さんとお母さんが書くんだと言うわけ。同じ成績表を先生もつけて、2つを比較するんだって。比較して合わなかったところが個人面談のディスカッションのポイントになるんだって。分かりやすい話だよね。

 例えばmathematicsに親も先生もCをつけたら、日本だったら「こんなに算数ができなくてどうするの!」とみんなが言うでしょう。ところが向こうの先生の理解は、この子はいま算数には興味がないので、興味があるときにまたやったらいいよと、そういう言い方なんだよね。すごいよ。一方、vocabularyというところで僕がCをつけて、先生がAをつけたとするじゃない。そうすると、そこが問題になるわけよ。何でおまえはCとつけたんだと。自分はこういう点で良いと思ってつけたとディスカッションになるわけ。評価の度合いが全く違う。本当にびっくりしたね。

 他にも、「ニューストレー」というのがあってね。これは、朝教室の入口にお盆が用意されていて、自分でニュースになりそうなものをそこに置くわけだよ。例えばうちの子が、おひなさまのお人形をぽんと置いたとする。そうしたら、日本ではガールズフェスティバルがあって、どうだこうだということをみんなの前で説明するわけ。興味がないとみんな聞かないじゃない。だから興味を持つように話す。そうやって、自分がどうすればみんなにうまくアピールできるようになるかということを学ぶ機会があったんだ。僕はそういう教育面で学んだことはすごく多いよ。

 もちろん、研究の進め方、他の研究者との付き合い方など日本流と西洋流で異なることをたくさん学んだ。大事なことは、複数の判断できる軸を持つことで、フレキシビリティーが広がる、ということだと思う。

◆真剣勝負で人とつながり、信頼を得る

──それから先生が早稲田に戻ってこられたのですね。先生が早稲田に戻った頃から東京女子医科大学との医工連携が本格化していきましたが、この経緯をお聞かせください。

 岡野光夫さんとは、TWIns設立に先駆けて早稲田と女子医大で組織的に何かをやろうということで生命理工という大学院を作った。昔、女子医大におられた櫻井靖久先生も僕が大阪に行く前の学生時代からかわいがってくれていて、櫻井先生が定年になって女子医大を辞める前に、何とか道をつないで何かをやろうと。そこで2001年に生命理工という大学院を作ったんだよね。早稲田大学の客員教授として櫻井先生をお呼びすることができた。

 その前々年の1999年には両大学は学術協定を結び、早稲田の生命系は、本当は理工の中に作らずに埼玉の本庄で展開するという意見も強くあった。でも僕は当時早稲田の総長だった奥島孝康先生に「そんなところには行かない」と言ったんだよね。そうしたら開口一番「君はわしの言うことをきかない男だな」と言われた。「ききません」と僕ははっきり言ったわけだ。

 「本庄に行けば、君に大きな建物も用意するし、君の息のかかった人事だってできるように準備したのに、なぜその道を選ばなかったのか」と言うから「言わせてもらうけれど、先生は早稲田大学の総長であっても、一私立大学の総長ではないですか。国立大学の総長だったらまた話が違うんだ」と言った。「国立は運営交付金をはじめ、組織をサポートするお金がずっと出るから、たとえうまくいかなくても10年ぐらいはもたせることができる。早稲田大学は私立の大学である。成果が出ないとすぐクビを切られるとか、その組織はもうやめようという話になる。これは、大学の将来にとってまずい。初めに苦労するか、後で苦労するか。それだったら、理工の中に大学院の専攻を作りさえすれば学生はちゃんと学部から大学院へと流れる。遠くに独立の大学院を作るよりそのほうが安心だ」と。外に自分のやりたいものを作ってもいいけれど、そうしたら学生がいつ来るか分からない。お店を開いてもお客さんが来てくれるかなといちいちびくびくしていたのでは、運営もできないだろうと思ったんだ。それで本庄に行くのは嫌だと言ったという話をしたんだ。

──総長にもはっきりと言うなんてすごいですね。

 実は、僕はもともと奥島先生となじみがあった。先生は昔、ラグビー部の顧問をやっていたのだけれど、早稲田大学が1988年に実業団を破って日本一になった。その年に意気揚々とシドニーに遠征に来たんだね。ちょうどその頃僕はシドニーにいたから、シドニーの「稲門会(とうもんかい・早稲田の卒業生の団体)」のまとめ役の方が奥島先生を僕に紹介してくれたんだ。奥島先生は僕を「こういうやつは早稲田らしくて素晴らしい」と言って、そこですっかり覚えてもらって、翌朝試合を見に行った。その試合でうちの息子が、選手の一人がミスをした時に「おまえ、それでも全日本か」と怒鳴ったの(笑)。そうしたら奥島先生が「あれは君のせがれか」と聞いた。「すみません」と言ったら「いいな、あいつは」と言ってくれた。

 そんなことがあって、奥島先生とも仲良くなったから、さっきのような会話もできるんですよ。だから本当に人のつながりとか人の輪とかいうのは真剣勝負でいろいろとやって、話をしてというのが大事なんだ。それが人のつながりも作っていくし、信頼関係を作っているのではないのかね。そういう意味では僕は人に恵まれたと思いますよ。大阪でも、シドニーでも、早稲田でも。

◆日本の医療行政を良くするために

──共同大学院の先端生命医科学専攻はレギュラトリーサイエンス(Regulatory science)というユニークな研究をしていますが、どのようなきっかけでうまれたのでしょうか?

 これは共同大学院だけでなくTWInsを設立したきっかけにもなるんだけど、東京女子医大の脳外科教授の伊関洋先生と一緒に、東京大学のある先生の忘年会にたまたま行った時だった。学士会館に行ったら、伊関先生が外でつまらなそうな顔をしてぼんやりしているの。「あれ、先生どうしたの」と言ったら「面白くない」と言うわけ。「何が?」と言ったら「分からないけれど、俺は面白くないんだよ」と言うから、僕は中にも行かずに彼といろいろな話をそこで始めた。「じゃあ、面白くするには何をやればいいかを考えようよ」という話になって、勉強会をやって月1回企業の人を呼ぼうとか、医工連携はどうすればできるのかとか、そんなことを話し合ううちに、だんだん具体的な議論ができ、TWInsを作ることにつながった。

 また、医療産業の活性化に関しては、共同大学院を作り、そこに笠貫宏先生(現 東京女子医科大学学長)と池田康夫先生を早稲田の教授として参画していただくことを考えた。笠貫先生は女子医大の循環器内科の主任教授を定年まで務められ、医療機器の許認可に関わる元締めをやっておられて、いまも厚労省の審議会議の部会長を複数やっておられる。池田先生は慶應義塾大学の医学部長だった方で、創薬の日本の許認可に関わる政府の元締めをやっておられたわけだ。その2人に早稲田にいらして頂いた。この2人を押さえれば、日本の許認可に関わる情報の多くが分かる。それに、彼らは医学部のない大学の人間になれば、よりストレートに言えるようになるんではないかと思ったんだ。そうすれば、さらに日本の医療行政を良くすることができるのではないかと僕は考えたわけだよね。

◆共同大学院の研究ベースは「レギュラトリーサイエンス」

──実際、共同大学院はどのようなところで、何を研究しているのでしょうか?

 共同大学院の学生は、早稲田と女子医大の二つの身分証明書を持って、どちらの大学にも行けるし、どちらの図書館にも入れる。そして、両方の大学から生命医科学という博士号を取得できる。学生には、役人や企業の人など20代から50代までいるんだけど、研究対象は「医療レギュラトリーサイエンス」という新しい分野なんだ。

 そして共同大学院からは、この2013年3月に、初めて博士号を7人出すことができた。私が主査として扱った博士号のテーマの中に、いまから15年前のノバコアという人工心臓を世の中に出すまでのいきさつと、それからEVAHEARTが世に出てきたいきさつの2つをシステムダイナミクスという手法によって比較したのがあるんだ。これは、プロジェクトの中で人や企業や国がどう動いているかのダイナミクスが読めるような、そういうシミュレーションをやる手法で、それによって、行政が本当にタイムリーに動いているのかどうかを調べるという、画期的な研究テーマで書いた博士論文なんだよ。他の論文では、新しい人工血管が出たとき、どういう審査項目があれば患者に安心して使えるかということを、CFDという数値解析手法を用いて示すようなものだった。そんなふうに共同大学院では、とにかく「レギュラトリーサイエンス」をベースにいろいろなテーマで研究をやっているんだ。

・・・・・・・・・

<最終回 「若手へのアドバイス」に続く>

(インタビュアー:RegMed-now編集室/ 編集:RegMed-now編集室・MDS・シーニュ)

*本インタビューのご感想をぜひお寄せください。
regmed-infoabmes.twmu.ac.jp

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2. 再生医療トピックス

◇第13回日本再生医療学会総会 開催のお知らせ

当学会において東京女子医科大学グローバルCOEがブースを出展し、書籍の配布を行います。ぜひお立ち寄りください。
『再生医療への科学技術インテグレーション ─再生研究と再生治療─』
会期:2014年3月4日~2014年3月6日
会場:国立京都国際会館
URL:http://www2.convention.co.jp/13jsrm/

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◇第30回日本DDS学会学術集会 演題登録のお知らせ

『温故知新DDS ─30年の歴史と未来─』
会期:2014年7月30日~2014年7月31日
会場:慶應義塾大学 薬学部 芝共立キャンパス
演題登録締切:2014年3月24日
URL:http://www.procomu.jp/DDS2014/

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3. ABMESダイジェスト

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所(ABMES)の注目の研究成果をお届けします。

◇中皮細胞・線維芽細胞から作製した腹膜細胞シートによる術後癒着防止効果
  川西邦夫(Kunio Kawanishi)ら著

 開腹術後の癒着は腸閉塞や不妊の原因となる他、再開腹手術を困難にするため、癒着防止技術の改良が望まれている。腹膜癒着は、腹膜中皮層の脱落に続く、炎症細胞浸潤、フィブリンの析出と吸収不全、血管新生などにより形成される。温度応答性培養皿を用いて、ラット腹膜由来の中皮細胞、線維芽細胞から「腹膜細胞シート」を作成した。電気メスで腸管を焼灼し、癒着を惹起するモデルに腹膜細胞シートを移植すると、対照群と比較し、有意な癒着防止効果を示した。腹膜細胞シートの移植により、癒着組織で認められるマクロファージ浸潤、フィブリン析出や毛細血管増生が抑制されたことから、開腹術後癒着の防止における腹膜再生医療の意義と可能性が示唆された。

Kunio Kawanishi, Masayuki Yamato, Ryouichi Sakiyama, Teruo Okano, and Kosaku Nitta,
“Peritoneal cell sheets composed of mesothelial cells and fibroblasts prevent intra-abdominal adhesion formation in a rat model”





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