Vol.39(2013年6月19日配信)

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 こんにちは、RegMed-now編集室です。梅雨入りしたということですが、晴れの日が多く、蒸し暑い日が続きますね。さて、今号は引き続き東京大学でご活躍されているバイオマテリアル界の重鎮、片岡一則先生のインタビューをお送りします。今回は、医師や異分野の研究者との出会いから得たもの、そこで構築された先生の研究の信念を伺いました。どうぞお楽しみに。


【目次】

1. インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第8弾 片岡一則
●第2回「プロの研究者としての歩み」

2. 再生医療トピックス
◇第4回 Asian Biomaterials Congress 開催のお知らせ(2013/6/26-29)

3. ABMESダイジェスト
◇大和雅之教授がNHK『クローズアップ現代』に出演致します
◇細胞が接着・脱着可能な表面設計とは(熊代善一ら)
◇受賞のお知らせ


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第8弾
-東京大学大学院工学系研究科/医学系研究科 片岡一則

【プロフィール】
片岡 一則(かたおか・かずのり)
1979年東京大学大学院工学系研究科 合成化学専攻博士課程修了。東京女子医科大学助手、東京理科大学基礎工学部教授を経て現職。ナノバイオテクノロジーを基軸として、医薬工の分野を融合し、新たなイノベーションの創出を目指す。


☆シリーズ第8弾を読む > 第1回第2回第3回最終回

●第2回「プロの研究者としての歩み」

――プロの研究者になられてから、若手時代の悩みなどはありましたか?

片岡 研究するうえで「ものが何もない」という悩みはありましたが、一方においては、そういう新しい分野をやっているという手応えはありましたね。「あそこは何か訳のわからないことをやっている」と、周りからはほとんど相手にされなかったけれども……。

 ただ女子医大というのはあの頃から、いろいろな大学から大学院生が来ていたのです。慶應の電気、早稲田の機械、それから星薬科大、理科大の薬学部とか。そして、我々のような化学をやってるのが東大、早稲田から。一緒に共同実験をやるわけではないけれども、1つの部屋にみんながいる。今と違って立派な所ではなくて、掘っ立て小屋みたいな所でしたが、そこにいつもいて、話をしたり、一緒に酒盛りをしたりしていたわけです。だから、自分の知らない分野の人の話をいろいろと聞くことができました。

 僕は一時、日本心臓血圧研究所にもいました。そこに理論外科という所があった。そこでは、僕の机の隣は心臓外科医なのです。全然違う世界です。すごく刺激になったのは、それまでは医用高分子をやっていても、すぐに役に立つというよりは、10年先、20年先というような感じだった。ところが、心臓外科医の人たちは違うのです。明日、死にそうな人がいる。これを何とかしてもらわないと困る。もっと切羽詰っている。そういう話から、ロングレンジの研究は大事だけれども、一方においては、研究成果を臨床にもっていく努力の重要性を教わったような気がします。

 そういう点で、医学部にいたというのはものすごく大きかった。同じバイオマテリアルをやっていても、ずっと工学部でやっていると、あまりそういう意識は持てなかったかもしれないです。赤池先生もそうだし岡野先生もそうですが、我々の場合は実際に医学部の中に身を置いて、多分野の人が来て、なおかつ臨床の人もいて、そういう所でやることによって自分の研究の相対的な位置付けがわかった。いろいろな人の話を聞いていると、医用高分子というか、バイオマテリアルの重要性がものすごくわかりました。

──転機となった出来事などはありますか。

片岡 それはいっぱいありますね。女子医大のようなところは梁山泊というのかな。つまり、いろいろな分野の人が来て、そこでやったというのは非常に印象的です。違う世界を見たというか。それで、研究面がものすごく広がりました。

 女子医大で岡野先生と出会ったのですが、岡野先生は抗血栓材料をその頃ずっとやっていて、当時のメインテーマはブロックポリマーだったのです。ブロックポリマーのミクロ相分離構造を作って、それが実際に細胞、血小板の活性化を抑えるとかそういった研究をしていました。僕もその研究を一緒にやらせてもらったのですが、あれはすごかったです。本当に血小板の活性化が抑えられる。いまだにメカニズムはわかっていないと思いますが、ブロックポリマーというのは面白いなと思いました。それがきっかけでブロックポリマーを使って医用材料をやり始めたわけです。最初の頃は細胞分離、リンパ球の亜集団であるB細胞とT細胞を分けることをやっていました。

 リングスドルフというドイツの先生が「高分子医薬」という総説を1975年に『Journal of Polymer Science』という雑誌に書いたのです。その総説を大学院の時に読んだら、高分子の薬が作れると書いてあった。これは面白いなという気がして、いつかそういう薬の研究をやりたいなと思っていました。

 僕がブロックポリマーを使って医用材料をやり始めた頃、東大の恩師である鶴田先生が定年になり、井上先生に代わりました。女子医大の学生には、少なくとも化学の学生はいないわけです。今でもそうですよね。その頃もまったく同じで、東大から大学院生に来てもらって一緒に研究していた。だから、井上先生にもぜひ協力してほしいとお願いしたのです。そうしたら井上先生も、「それはいいでしょう」と。ただ、鶴田研究室でやっていたことをそのままやるというわけにはいかないということになって、ポリアミノ酸を成分にするブロックポリマー、グラフトポリマーを使った医用材料をやることになったわけです。これが転機といえば転機です。

 それからは主に細胞分離をやっていたのですが、これが大変だったのです。ポリアミノ酸の原料となるモノマーを作らなければいけないのですが、これをいっぱい作るのが大変なのです。大量に作って表面にコーティングしてなどとやっていたら、これはとてもではない。むしろ薬のほうがいいのではないかということになりました。その時に、ちょうど横山昌幸(現・慈恵医科大学准教授)君という学生が大学院に来てくれた。修士までは細胞分離をやっていたのだけれども、ドクターコースに行ってもいいということだったので、では、ブロックポリマーをベースにしたドラッグデリバリーをやろうということになりました。最初のモデルは、ポリアミノ酸の側鎖に薬をぶら下げたものをつくり、それをさらに抗体につける。今、流行っている抗体医薬のようなものです。薬と抗体の複合体、まさにそれをやろうとしたわけですが、かなり時期尚早でした。

 なぜそんなものを作ったかというと、抗がん剤というのは概して疎水的なので、抗体に薬をつけると沈殿してしまうわけです。そこで親水性のポリエチレングリコールと側鎖に薬をつけたポリアミノ酸がつながったブロックコポリマーモデルを考えました。さらに抗体をつければ、親水性のポリエチレングリコールが薬の周りを覆うので、溶解性を下げずに、かつ抗体も完全に覆われない。これで、ミサイルドラッグができるのではないかと考えました。それが最初でした。結果的には、それは横山君が頑張ってくれたおかげでできました。

 実際にこれを調べてみると、ポリアミノ酸に結合した抗癌剤の疎水性のおかげで、このポリマーが会合してミセルになるわけです。そういうことがわかったのです。それで、これはこれで面白いのではないかと。さらに、それを今度は実際に動物実験をしようということになった。その頃、我々のところで動物実験をするのは非常に難しかったので、ある会社に渡してやってもらったのです。そうしたら、面白い結果が出た。抗体をつけたものもそこそこ効いたのだけれども、抗体なしのただのミセル、これがもっと効いたのです。その会社は抗体のほうに興味のある会社だったので、抗体がなくても効くということで、急速に興味を失ったわけです(笑)。それでこのようなミセルを積極的に作って、ドラッグデリバリーに展開しようということになったのです。

 ちょうどその頃、松村先生と前田先生が、がん部位特異的に高分子物質がたまりやすくなるという現象、いわゆるEPR(enhanced permeability and retention)効果を論文で出した。1986年のことです。僕らが、横山君と一緒に実験をやっていたのが84~85年頃です。まさに同じ時にやっていた。お互いに全然、知らなかったのだけれども。僕らのほうはEPR効果がよくわからない、知らない状態で動物実験をやって結果が出た。その頃、前田先生の話を聞いて、EPR効果というものを知ったわけです。そうすると、これはもう符合すると。

 それまでにも実は薬に興味があって、何度かシンポジウムには行っていたのです。だいたいその頃のドラッグデリバリーシステムの研究はみんなリポソームなのですが、僕は2つのことがわからなかった。1つは、抗血栓材料の研究をやっていたから、単なるリポソームを血中に投与したら、全部、異物認識されてしまうのではないかと。実際にそうだったのだけれども、それに対する解答がまったく出てこない。その後はポリエチレングリコールを修飾したステルスリポソームというものが出てきましたが、その頃はなかったわけです。

 それからもう1つ、あんな大きなものが、どうして血管から外に出るのだろうということも謎でした。質問もしたのだけれども、誰もきちんと答えてくれないわけです。これは何かおかしいなと。それを何とか自分たちで明らかにしたいというのも1つのモチベーションになっていましたね。逆に言うと、まだ結構ここだったら勝負できるのではないかと直感的に思ったのです。この分野はほとんど未開拓ではないか、たぶん、そういう思いがあったのだと思います。結果的には、やってみて、EPR効果があると実証出来ました。だから、我々は頭で知ったというよりは、実験事実を説明するためにEPR効果があることを知ったのです。

 ただ、その頃のEPR効果というのは、前田先生自身もそうだけれども、せいぜいアルブミンくらいの大きさのものを念頭に置いていたわけです。だからたぶん50nmもあるようなものがEPR効果でがんに集まることを実証したのは、我々が最初だと思います。その点は転機ですかね。ブロックポリマーと出会ったということ。それから、ドラッグデリバリーを意識して研究をスタートさせたということです。

・・・・・・・・・

<第3回 「ナノメディシンが世界を救う」に続く>

(インタビュアー:RegMed-now編集室/ 編集:RegMed-now編集室・シーニュ)

*本インタビューのご感想をぜひお寄せください。
regmed-infoabmes.twmu.ac.jp

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2. 再生医療トピックス

◇第4回 Asian Biomaterials Congress 開催のお知らせ

会期:2013年6月26日(水)~29日(土)
会場:香港
URL:http://www.abmc4.ust.hk/

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3. ABMESダイジェスト

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所(ABMES)の注目の研究成果をお届けします。

◇大和雅之教授が下記の番組に出演致します。

番組:NHK『クローズアップ現代』
タイトル:「広がる 再生医療トラブル~体性幹細胞治療の闇~」
日時:6月25日(火)19:30~19:56

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◇細胞が接着・脱着可能な表面設計とは
  熊代善一(Yoshikazu Kumashiro)ら著

 温度応答性高分子表面は重合方法に依存して構造を規定させることができる。電子線重合法による架橋ゲル表面や表面開始ラジカル重合法による高分子ブラシ表面は、37℃で接着した細胞が20℃に温度低下することで剥離する表面であるが、レドックス重合法によって作製された表面からは、接着した細胞を温度低下によって剥離させることが困難である。このことは、温度変化に伴う表面構造変化が細胞接着・脱着に大きく寄与していると考え、温度可変機能を有する原子間力顕微鏡によって各表面の解析を行った。その結果、架橋ゲル表面や高分子ブラシ表面では温度変化に応じて素早く構造が変化するのに対し、レドックス重合法による表面では温度変化に応じた構造変化に遅れが生じていた。細胞シート作製に適した表面設計には、温度変化に応じて素早く構造変化する表面が必要であることがわかった。

熊代善一、福守一浩、高橋宏信、中山正道、秋山義勝、大和雅之、岡野光夫, "Modulation of cell adhesion and detachment on thermo-responsive polymeric surfaces through the observation of surface dynamics",
Colloids and Surfaces B: Biointerfaces, 106:198-207(2013)

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◇受賞のお知らせ

 当研究所博士研究員の田中信行先生が「日本機械学会ROBOMEC表彰」を受賞されました。おめでとうございます!

学会名:ロボティクス・メカトロニクス講演会 2013(2013年5月22-24日)
受賞名:一般社団法人日本機械学会ロボティクス・メカトロニクス部門ROBOMEC表彰
演題名:『細胞シートの顕微鏡下非接触弾性センシング』
共著者名:田中信行、近藤誠、大和雅之、岡野光夫、金子真(大阪大学)





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