Vol.38(2013年5月15日配信)

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 こんにちは、RegMed-now編集室です。ゴールデンウィークも終わり、皆さん5月病になっていませんか?そんな時、ちょっと散歩に出ると気持ちがいいですね。さて、今号からは、東京大学でご活躍されているバイオマテリアル界の重鎮、片岡一則先生のインタビューをお送りします。今回は、先生の学生時代のお話や、バイオマテリアルへの想いをお伺いしました。

 iPS細胞に関する京都大学・山中先生のご研究のノーベル賞受賞から、登録数もさらに増えてきております。ありがとうございます。Regmed-nowでは記事のご感想やメールマガジンへのご意見、ご寄稿などをお待ちしております。
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【目次】

1. インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第8弾 片岡一則
●第1回「興味と出逢いに導かれて」

2. 再生医療トピックス
◇第11回国際幹細胞学会 開催のお知らせ (2013/6/12~15)
◇第34回日本炎症再生医学会 開催のお知らせ(2013/7/2~3)

3. ABMESダイジェスト
◇Lgr5を介したインテグリンシグナルによるエナメル芽細胞の増殖制御(葭田敏之ら)


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第8弾
-東京大学大学院工学系研究科/医学系研究科 片岡一則

【プロフィール】
片岡 一則(かたおか・かずのり)
1979年東京大学大学院工学系研究科 合成化学専攻博士課程修了。東京女子医科大学助手、東京理科大学基礎工学部教授を経て現職。ナノバイオテクノロジーを基軸として、医薬工の分野を融合し、新たなイノベーションの創出を目指す。


☆シリーズ第8弾を読む > 第1回第2回第3回最終回

●第1回「興味と出逢いに導かれて」

◆卒業文集に書いた未来が現実に

――先生はどのような子ども時代を過ごされましたか。

片岡 僕は生まれも育ちも東京です。小学校の時は、落ち着きがないとか、おしゃべりだとかで、よく先生に怒られていました。昆虫採集や植物採集、それから本を読むことは好きでしたが、小学校の時はあまり勉強しなかったですね。

――小さい頃、夢はありましたか。

片岡 結婚式の時に、小学校の先生が、僕が小学校を卒業する時に書いた作文を読んでくれたのです。自分が何を書いたか覚えていなかったのですが、そこには将来の夢は「大学の先生」と書かれていました。

 一応、ドラマ仕立ての作文になっていて、「私は今、大学の医学部で研究しています」「画期的な抗がん剤を開発しました」「これから記者会見です」などと書いてありました(笑)。「やれやれ、今日も徹夜か」というのも合っている。たぶんその頃はそういうことをやりたかったのでしょうね。ただ、当時はおしゃべりで落ち着きがなかったので、その時の雰囲気で考えが変わるという感じだったと思います。

 でも中学に行ってから、だんだんまともに勉強するようになりました。理科の科目も面白くなった。歴史とか生物とか、化学も。漠然と大学で研究をやりたいなという意識はあったような気はします。ただ分野としては歴史とか生物とか化学とか、極めていい加減でした。他にも医学とか。何でもよかったのです。

――研究者を志すきっかけはありましたか。

片岡 高校の時は文科系にするか、理科系にするかで結構悩みましたね。実は高校3年になるまで大学は文科系に行こうと思っていたのです。最初は歴史をやりたいから文学部と言っていたのですが、みんなに大反対された。「そんなことをやったら将来、メシが食えないぞ」と言われた。いい加減だったから「そうかな」と。それで法学部に行こうと思っていたのです。

 でも3年になる時に、急に理科系に行きたくなったのです。今はみんな高校が理系と文系のコースに分かれてしまうでしょう。僕らの時はそこまで厳密ではなかったですね。高校3年になる時は数Ⅲがあるから、それを取るか取らないかでだいたい決まるのだけれども、それまでまったく同じなのです。だから、どちらでも行けたのです。

――学生時代に研究室に配属された時は、高分子の研究をされていたとうかがいました。

片岡 そうです。大学は東大の理Iに行ったのですが、理科系で行くのなら理Iはいろいろなことができるから、そうしようかなというくらいの考えでした。ただ、大学に入ってから、自分が機械系や電気系に才能がないことがわかったのです。やはり行くのなら化学系がいいのではないかと思うようになった。化学でいくとすると、理学部の化学、生化学、薬学、あとは応用化学。ここから選ぶわけです。

 東大の場合、3年になる時に専攻を決めるのですが、その時に応用化学について説明してくれた先生の話がうまかったのかもしれない。応用化学に行くと何でもできるような……バイオもできるし、もちろんエネルギーもできるし、いろいろなことができると。その頃は石油ショックだったので、環境問題など、化学に対する風当たりが強かった。だけど、僕は化学という学問がなくなるはずは絶対にないと思ったのです。それだったら、可能性の高いところに行ったほうがいいだろうと。それで工学部の合成化学を選択しました。

 今思うと、この選択は正解だったと思います。なぜなら1つには、行ってみたらすごく待遇が良かった。応用化学は最近では人気があるらしいけれども、僕が進学した時は最低だったのです。卒論の時なんか学生の奪い合いになるし、学生実験をやる時にも、手取り足取りずっとやってもらえた。だから、学問の分野を決める時は、「みんながやっているからやりたい」というのはやめたほうがいいのではないかと思います。

 そういうことで応用化学に行って、実際に授業を受けたり、他の人からいろいろと話を聞いたりしていくと、高分子が一番これから伸びる分野だろうと思うようになりました。実際に授業も一番面白かった。中でも鶴田禎二先生の授業は非常にわかりやすかったので、鶴田先生の研究室に入ったのです。

◆思いがけない恩師の言葉に背中を押され

――研究室での思い出深い出来事はありますか。

片岡 その頃、僕は医療というよりバイオに非常に興味があって、生体関連化学をやりたいと思っていたのです。鶴田研究室には当時、井上祥平先生という助教授がいらしたのですが、井上先生はバイオに近いテーマをやっていた。僕もどちらかというと、そちらに惹かれたのですが、鶴田先生に「バイオもいいけれどいつでもできるから、高分子の基礎をもうちょっとやったほうがいいだろう」と言われました。その頃はだいぶ素直な学生でしたから(笑)、鶴田先生がそうおっしゃるのならと、鶴田先生直属になったわけです。そこで、大学院の修士の時は、アニオン重合という重合のメカニズムをやっていました。まったくバイオと関係ない、いわゆる伝統的なテーマを研究していたのです。

 それはそれで面白かったのですが、そのうちドクターコースへ行こうと思うようになりました。だんだん研究が面白くなってきたし、研究で身を立てたいと思い始めて、鶴田先生のところへ行って「ドクターコースへ行きたい」と話したのです。すると鶴田先生は、「それは大変よいことだ」と言ってくれて、研究内容については、「今のテーマ、アニオン重合の研究をずっとやってもいいのだけれども、それは分野的にかなりできあがってきている。だからもっと将来的に重要になるような分野をやったらどうか」と言われたのです。それは何かと聞いたら「バイオマテリアル、医用高分子だ」と。それまで鶴田研究室ではやっていなかったテーマだったので「本当ですか?」という感じでした。

 鶴田先生はその頃、高分子の重鎮で、高分子学会の会長であり、「アニオン重合の鶴田」として有名だった。その先生の口から思ってもいないような言葉があったわけです。その頃は、バイオマテリアルというのは「医用高分子」といいました。医学に用いる高分子。「医用高分子がいいから、絶対にそれをやりなさい」と鶴田先生に言われたのは、これは晴天の霹靂でしたし、一番印象深い出来事です。それが元々、こういう分野に入ったきっかけです。だから、主体性があったというわけではないのです(笑)。

◆開拓者としての苦労と喜び

――その後、助手として勤められた東京女子医科大学も、鶴田先生から紹介していただいたのですか。

片岡 そうです。鶴田研究室の5年先輩に、井上祥平先生のグループだった赤池敏宏先生(現:東京工業大学教授)がいました。僕は鶴田先生に、「赤池君が女子医大にいるから大丈夫。君はそんなに心配しなくていい。今までどおり高分子の合成をやっていれば、動物実験は赤池君がやってくれる」と言われたのだけれども、ふたを開けたら全然話が違ったのです(笑)。 女子医大に行ったら赤池さんが「これから動物実験だから君も一緒にやろう」と言うから、「冗談でしょう。僕は高分子合成をやるので、赤池先生が評価をやるのではないですか」と言ったら「そういう態度はよくない。一緒に動物実験をやるぞ」と。そして行ってみたら、犬が麻酔をかけられて寝ているし、その首から血を採って抗血栓性を調べると言うので「え?」という感じでした。

――女子医大時代、同僚だった赤池先生や岡野光夫先生とは、3人でよく議論されたりしていたのですか。

片岡 そうですね。それ以前、東大のドクターコースでバイオマテリアルをやり始めたのですが、あの頃はほとんど訳がわからない世界だった。今では当たり前な、分子生物学という分野、ゲノムの解析とか酵素免疫法といった技術、共焦点レーザー顕微鏡といったような装置、そういったものはなかったのです。細胞の実験というと、細胞や血小板を材料表面にくっつけて、血栓ができたかどうかとか。それから、それを固定して走査型電子顕微鏡で見て、偽足が出ているとか出ていないとか、そういう議論で始まったのです。だから非常に現象論だったわけです。

 だけど、やってみると結構面白い。何もわかっていないから、やりがいがありました。鶴田先生の知らないことをやっているということも結構気持ち良かったです。アニオン重合ではかなわない(笑)。だけどこの分野だったら僕のほうが上なのではないかと。それでだんだんはまっていきました。

 僕がドクターコースを卒業した頃は、今みたいにポスドク制度がないわけです。だから、たまたま運が良ければどこかの大学の助手の口があるか、さもなければ外国に行ってポスドクをやって、どこかの大学の助手のポジションが空けばいいなという、そんな感じだった。僕が卒業する時に、ちょうど女子医大で、鶴田研究室の先輩である赤池先生が櫻井靖久先生に話をしてくれたのです。櫻井先生もすごいのは、心臓外科医なのだけれども、バイオマテリアルの重要性をかなり認識されていた。そして助手のポジションがあるから採ってもいいと言ってくださり、それで僕は女子医大に行ったのです。でも、行ってみたら、今と違って何もないのです。本当に輪転機の後ろとかで実験をやっていたのです。それはそれは大変でした。

・・・・・・・・・

<第2回 「プロの研究者としての歩み」に続く>

(インタビュアー:RegMed-now編集室/ 編集:RegMed-now編集室・シーニュ)

*本インタビューのご感想をぜひお寄せください。
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2. 再生医療トピックス

◇第11回国際幹細胞学会 開催のお知らせ

会期:2013年6月12日(水)~15日(土)
会場:アメリカ、マサチューセッツ州、ボストン
URL:http://www.isscr.org/home/annual-meeting


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◇第34回日本炎症再生医学会 開催のお知らせ

「炎症・再生医学の新展開-基礎から臨床へ、臨床から基礎へ-」
会期:2013年7月2日(火)~3日(水)
会場:国立京都国際会館
URL:http://jsir2013.umin.jp/

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3. ABMESダイジェスト

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所(ABMES)の注目の研究成果をお届けします。

◇Lgr5を介したインテグリンシグナルによるエナメル芽細胞の増殖制御
  葭田敏之(Yoshida Toshiyuki)ら著

 歯の再生においてエナメル質を作るエナメル芽細胞を体外で増殖させることは非常に重要であるが、エナメル芽細胞とその元となる歯胚上皮幹細胞増殖のメカニズムについては不明な点が多い。げっ歯類切歯は生涯にわたって伸び続けるが、これは根尖端部に歯胚上皮幹細胞が成体においても存在するためである。このためげっ歯類切歯は歯胚上皮幹細胞研究に適したモデルと考えられている。
 我々は細胞接着因子であるインテグリンβ3(Itgb3)欠損マウスにおいて切歯の長さが野生型より短く、根尖端部において細胞増殖が低下していることを発見した。解析の結果、欠損マウスでは歯胚上皮細胞においてLgr5の発現が低下していた。Lgr5は毛や腸の上皮組織において幹細胞増殖に関与することが知られており、これが切歯低形成の原因と考えられた。更に株化エナメル芽細胞においてItgb3の発現を低下させた結果、細胞増殖が低下するとともにLgr5の発現が低下し、またLgr5の発現を低下させても同様に細胞増殖が低下した。
 以上の結果からItgb3はLgr5を介して歯胚上皮幹細胞の増殖を制御している可能性が考えられた。Lgr5は上皮幹細胞マーカーとして現在精力的に研究が行われており、歯胚においても上皮幹細胞の増殖を制御していることは非常に興味深い知見であると考えられる。

Toshiyuki Yoshida, Takanori Iwata, Terumasa Umemoto, Yoshiko Shiratsuchi, Nobuyuki Kawashima, Toshihiro Sugiyama, Masayuki Yamato, and Teruo Okano, "Promotion of Mouse Ameloblast Proliferation by Lgr5 Mediated Integrin Signaling",
Journal of Cellular Biochemistry doi: 10.1002/jcb.24564





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