Vol.30(2012年9月19日配信)

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 こんにちは、RegMed-now編集室です。残暑の厳しい中にも、風には秋の気配を感じる季節になりましたね。そんななか、Regmed-nowは30号を迎えました。これからもますます内容の充実に努めて参りますので、引き続きご購読頂けますと幸いです。
 さて、今号から4回にわたってお送りするインタビュー企画では慶応義塾大学・総合医科学研究センター特別研究准教授の松崎有未先生にお話を伺いました。先生は再生医療の細胞ソースとして期待されている間葉系幹細胞の正体を明らかにするための研究を行われています。研究の現状、臨床応用の実際までひろくお話を伺いつつ、女性研究者トップバッターということで、研究を志す女子学生へのアドバイスも頂きましたのでどうぞお楽しみに!


【目次】

1. インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第6弾 松崎有未
●第1回 「研究者・松崎有未ができるまで」

2. 再生医療トピックス
◇第12回日本再生医療学会 演題募集開始のお知らせ(2012/9/11~2012/11/14)
◇テレビ出演情報 NHK 「あさイチ」(2012/9/24 AM 8:15~)

3. ABMESダイジェスト
◇細胞シート再生治療を支援する自動培養三次元化システム(水谷学ら)
◇受賞のお知らせ


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第6弾
-慶応義塾大学 総合医科学研究センター 松崎有未

【プロフィール】
松崎 有未(まつざき・ゆみ)
筑波大学第一学群自然学類数学主専攻および医学専門学群を経て1997年博士課程修了。Children’s Hospital/Harvard Medical Schoolなどでのリサーチフェローを経験後、慶応義塾大学医学部生理学教室にて現職。


☆シリーズ第6弾を読む > 第1回第2回第3回最終回

●第1回 「研究者・松崎有未ができるまで」

──まず、「研究者・松崎有未ができるまで」ということで、どのような子供時代や大学生活を過ごされたか、おうかがいします。

 松崎 出身地は横浜ですが、その後、親の転勤で栃木に引っ越したので、当時は周りに何もない、子供もそんなにいない田舎育ちです。一人遊びや機械いじりが好きだったらしくて、親に聞くと、立てるようになった頃には、ひたすら時計やテレビを分解してばかりいたそうです。

──遊びやスポーツなどは?

 松崎 小学生の頃は、男の子と一緒に野球です。外遊びは野球しかなかったですから、放課後になると原っぱに集まって、誰かがバットを、誰かがボールを持ってきて、草野球ばかりでした。中学校では女子の野球部はないのでソフトボール部に入っていました。また、子供の頃からスキーをやっていて、中学生では競技スキーを始めました。

──そんな子供の頃の夢は何だったのでしょうか?

 松崎 何になりたいとかは、特にはありませんでした。外で野球をやっているか、本を読んでいるかという子供でしたから。ただ、夏休みの自由研究は好きで、毎回毎回かなり凝ったものを出して、賞も何回かもらったことがあります。

──理系に興味があったということですか。

 松崎 理系に限らないのですけれどね。名所旧跡を調べたりもしました。何かを調べたりとか確かめたりとかが好きなのです。たとえば、小学校の低学年の夏休みの自由研究では、水を入れた小袋をたくさん作って、それに色をつけて日向に置いておいて、温度の変化を経時的に調べると黒が一番早い、というような実験。テーマを自分で考えること、考えて何かをやるのが好きだったのでしょうか。

──そういう興味のもち方や能力が研究者になられたおおもとの力なのでしょうか。

 松崎 どうして研究者になったかというと、ネガティブセレクションの結果なのです。「どうしても研究者になるんだ」と思っていたわけでもないし、大学だって、「この大学」ということもありませんでしたから。理数系が得意だったというわけでもなくて、ただし文系は行くつもりはないので理系、理系なら理学部かな、という程度。それで筑波大学の第一学群自然学類に入ったのです。理科で一番好きだったのは生物だったから、専攻は生物学を選ぼうと思ったら、生物学は違う学群、学類だったのですね。「これはしまった」と思いました。数学、物理学、化学、地球科学の中でできそうなもの、しかたないから数学を専攻した、というわけです。まあ、なんとか卒業はしましたが、「生物をやりたかったな」という思いは残りました。

──それで医学部に入り直したのですか?

松崎 いえ、すぐにそういう気になったわけではありません。大学卒業後すぐに結婚して、夫のアメリカ留学に一緒に行くことになったのです。お金がないから、私も向こうで働かなければいけない。それで、ワーキングパーミッションを申請しました。夫にはJ-1ビザという研究者のビザがあって、配偶者はJ-2ビザというのが取れる。J-2というのは、ワーキングパーミッションというのを申請するとワーキングビザがなくても働けるビザです。夫の留学先、フィラデルフィア大学の求人に研究室の実験助手というのがあったので、応募してインタビューを受けに行ったら、英語もろくに話せないのに、なぜかわからないけれども奇特にも雇ってくれたのです。

 そこで実験というものを学んで、見よう見まねでやり始めたら、「けっこうおもしろいじゃないか」と。また、一緒に実験助手していた人たちの中に、「メディカルスクールに行くために学費を貯めている」と言っているのが2、3人いて、それで、「ああ、そういうのもありなんだ」と感じたからかもしれませんが、帰国して、「医学部でも受けてみようか」という気になったのですね。

 そんな気持ちの程度ですから、大した受験勉強もせずに受けた1回目は不合格です。次の年、もう少しまじめに勉強したら、これが奇跡的に筑波大学の医学専門学群に受かったのです。本当にビリで受かったのですよ。「また落ちちゃった。まあいいか、また来年受けるか」と思っていたところ、入学式の前日に大学から電話がかかってきた。繰り上げ繰り上げで最後の1人で滑り込んだらしくて、だから、入学式の時、他の学生はみんな印刷された名札を付けていたけれども、私のだけ手書きでした。

──医学部に入っても、最初から研究者を目指されていたのではなかったのですか。

 松崎 当初は、普通に臨床医になるつもりでした。転機といえるのかどうか、たまたまの出会いが2年生の時にありました。当時、理化学研究所にいらした中内啓光先生(現東京大学医科学研究所教授)が、私が入っていたテニスクラブに来られて、私が「アメリカで実験助手をやっていたことがある」と言ったら、中内先生が「うちは今、実験助手がいないから夏休みにアルバイトしに来ない?」と誘われて、二つ返事でお受けして、夏休みだけでなく、そのまま理研に居ついてしまったのです。本当になし崩し。たまたま出会いがあって、たまたまそこに入って、という。

 今ここにいる私は、そういう積み重ねがあってなのですよ。私の研究も、本当に行きあたりばったり。目の前にあることを、「何かおもしろそうだからやってみようかな」と始めてみる。すると新しい興味が出てきて、「じゃあ、次はこれをやってみようかな」と、それを繰り返しているだけで、基本的にあまり先のことを考えません。考えてもろくなことがないし、だいいち、考えたとおりになんかならないじゃないですか。たとえば、実験で、「これをやると、どうなるのですか」と、学生は聞いてきます。私は、「やってみないとわからないでしょう」と言う。すると学生は不満なのですね、答が知りたい、教えてほしい、と。特に最近の学生は真面目ですから、その気持ちはわからないでもない。しかし、何事もなるようにしかならないでしょう。考えてもしかたがない、と思うのですけれど。中内先生も、いつも「思いもよらないことが出た時がおもしろい」とおっしゃっていました。

──当時の中内研はどんな雰囲気でしたか。

 松崎 当時の、理研の中内研は十数人のスタッフ、メンバーです。現在九州大学教授の中山敬一先生が大学院出たてで、研究員でいらっしゃいました。中内先生がラボ頭で、他にはポスドクの臨床医の先生たちがその頃から多かった。他に、大学院生が数名。医学部の学生は、私ともう一人、和歌山県立医大の男子が夏休み、冬休みに来ていました。上下関係に厳しくなくて、みんな仲間という意識で和気あいあい、小さくてもすごく楽しかったですね。

 理研そのものが100人くらいの、大学に比べれば小さな所帯だったし、先生と院生・学生という感覚はなくて、みんな研究スタッフという共通意識があったようです。自由な感じ。研究室の垣根すらあまりなかったですね。何かわからなかったら、誰々さんのところに行って聞いて教えてもらってきなさい、と。逆に、こちらの研究室にもたくさん来られます。たとえば、中内研にあるフローサイトメーターを他の研究室の人たちが使いにくる。お互いにいろいろ教え合って物を融通し合っていましたから。研究だけでなく、バーベキューパーティがあったり、テニス大会、野球大会があったり。たとえば、そのころに発生学の相沢慎一先生(現理化学研究所教授)や、八木健先生(現大阪大学教授)もいらっしゃって、テニス、野球をよくやりました。いまだに学会で会うたびに、「テニスやってる?」みたいな感じで声をかけていただけます。

 その後、中内先生が筑波大学の教授として移ってこられて、その時私は筑波の大学院生。そうしたら、まったく雰囲気が変わってしまいましたね。理研では「さん」づけで、みんな普通に名前で呼び合っていたのが、「中内先生」になって。横のつながりもほとんどなくて、大学ってやはり違うのだなと思いました。

──学生、院生の時のエピソードでおもしろいお話があれば教えてください。

 松崎 テニスコートと理研にばかりいて、ほとんど大学に行っていなかったからあまりないけれども。

 学部の卒業研修で医局を回るでしょう。臨床実習は2週間単位ですが、5年生で小児科を回っていた時、その1週目の最後の3日間が免疫学会と重なってしまったことがありました。すでに演題を提出していたので、「発表しに行きたい」と、指導教官には言ったら、「えーっ!?」て驚かれてはいたのですが、「だめ」とは言わなかったのです。「だめ」って言われていないし、その頃筑波大では、研究のレベルがだいぶ落ちてしまっていて、大学院生をどんどん育てよう、できたら学部の学生から研究させようという動きが持ち上がっていたのですね。ですから、学部の学生が学会で発表すると言ったら、当然喜んで送り出してくれると思っていたわけです。そのつもりで、学会に行って発表したのです。そうしたら、学会から帰ってきたら上へ下への大騒ぎになっていた。臨床実習をほっぽりだして、勝手に無断で休んだということになっていて、教授がカンカンになって怒っている。「えっ?学会へ行くって言いましたよね」と言ったら、その指導していた講師の先生が教授に伝えていなかったのです。

 その教授は、「学生は学業、実習が第一」の先生だったのですね。要するに、私があまり講義に出ていなかったから、そんな先生だとは知らなかった。卒業できなくなりそうなくらいの大騒ぎになって、最後は学部長まで出てきて「まあ、べつに遊びに行ったわけではないから」と、説得に乗り出す始末。実際に発表した記録や写真を見てもらったり、学会誌から取材を受けていて「ほら、『筑波大学学生の松崎さん』って、記事にもなっていますから」と、なんとか収拾していただきました。

 これは失敗談と言えばそうですが、要するに根回しが大事、ということを学んだ出来事です。

・・・・・・・・・

<第2回 「プロの研究者としての第一歩」に続く>

(インタビュアー:RegMed-now編集室/ 編集:RegMed-now編集室・シーニュ)

*本インタビューのご感想をぜひお寄せください。
regmed-infoabmes.twmu.ac.jp

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2. 再生医療トピックス

◇第12回日本再生医療学会 演題募集開始のお知らせ
 -10年後を担う再生医療を目指して-

演題登録受付期間:2012年9月11日(火)~2012年11月14日(水)
会期:2013年3月21日(木)~23日(土)
会場:パシフィコ横浜
URL:http://www2.convention.co.jp/12jsrm/

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◇テレビ出演情報 NHK 「あさイチ」

NHKの朝の情報番組で当研究所の取り組みが紹介されます。
ぜひご覧ください!
特集:『未来の医療を変える!?細胞シート』
2012年9月24日(月) AM 8:15~
*詳しくは番組HPをご覧ください。

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3. ABMESダイジェスト

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所(ABMES)の注目の研究成果をお届けします。

◇細胞シート再生治療を支援する自動培養三次元化システム
  水谷学(Manabu Mizutani)ら著

 細胞を培養して生きたまま移植する再生医療の培養作業には、特殊な清浄空間での細胞操作が必要であり、作業者にも高度な熟練が要求されるため、高額な費用がかかります。そこで、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の「組織ファクトリー」では、患者組織から細胞を取り出し、細胞シートを作製するまでの全作業を自動で行う大量生産システムを開発しています。システムでは、高品質かつ効率的な製造ができる独自のモジュール方式が採用されました。具体的には、アイソレータという無菌空間に、自動ロボットを内蔵した複数の小型モジュールを適宜組み合わせて製造を実施します。今後、システム試作機を用いて無菌製造手順の確立を進めていきます。

水谷学, 紀ノ岡正博, 清水達也, 岡野光夫, "細胞シート再生治療を支援する自動培養三次元化システム"
JJCLA, 37(2):182-186(2012)


* 先日、組織ファクトリーの基本設計に関する特許が日本国内で成立いたしました。「組織ファクトリー」は研究所所長の岡野が中心研究者をつとめる最先端研究開発支援プログラム(FIRST) における採択課題、「再生医療産業化に向けたシステムインテグレート~臓器ファクトリーの創生~」のプロジェクトです。

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◇受賞のお知らせ

 当研究所博士研究員のShim In Kyongさんが先日ウィーンで行われた3rd TERMIS World congressにおいてTravel Awardを受賞しました。おめでとうございます!

学会名:3rd TERMIS World Congress 2012(2012年9月5~8日)
受賞名:TERMIS Travel Award
演題名:Potential of bioengineered cell sheets prepared with lentivially transduced adipose tissue-derived stem/stromal cells for hemophilia B therapy
共著者名:Shim I, Ohashi K, Watanabe N, Tatsumi K, Kashiwakura Y, Ohmori T, Sakata Y, Inoue M, Okano T




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