Vol.9(2011年1月5日配信)

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こんにちは、RegMed-now編集室です。
 このメールマガジンは再生医療に興味のある研究者・医師の皆様のために現場発、最新の再生医療研究に関する情報や知識を正確にかつわかりやすくお届けすることを目的としております。ご意見、ご感想、新規登録をお待ちしております。

 本号から5回にわたり、再生医療研究の第一線で活躍する先生方に若手時代から現在までの道のりや若手研究者への熱いメッセージを伺うインタビュー企画『未来医療への挑戦者たち』をお送りいたします。第1弾は、「細胞シート工学」で有名な東京女子医科大学先端生命医科学研究所・TWIns所長・教授の岡野光夫先生にお話を伺います(全5回連載)。今回は、先生が研究者を志すバックボーンとなった子ども時代のお話に始まり、研究にのめり込んだ学生時代、そして工学博士を取得して医学部併設のラボに飛び込むまでのエピソードです。


【目次】

1. インタビュー企画『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第1弾 岡野光夫
 ●第1回「研究者・岡野光夫ができるまで」

2. 再生医療トピックス
 ◆岡野先生テレビ出演情報!(2011/1/10)


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第1弾
-東京女子医科大学先端生命医科学研究所・TWIns 所長・教授 岡野光夫

【プロフィール】
岡野 光夫(おかの・てるお)
1949年生まれ、東京都出身。1979年、早稲田大学大学院高分子化学博士課程修了(工学博士)。
その後、東京女子医科大学医用工学研究施設助手、ユタ大学薬学部Associate Professorなどを経て現職。再生医療界で注目の技術である温度応答性培養皿を用いた「細胞シート」工学の創始者。
2008年4月には、世界に類を見ない、複数の大学からなる、医学と工学の研究・教育の融合拠点として「東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)」を開設。
2009年、紫綬褒章受章。


☆シリーズ第1弾を読む > 第1回第2回第3回第4回最終回

●第1回「研究者・岡野光夫ができるまで」

――まずは研究者になられた背景からお伺いします。先生はどんなお子さんだったのでしょうか?

 僕は1949(昭和24)年、戦後のどさくさに生まれたんだ。朝鮮戦争が始まるちょうど1年前、第1次ベビーブームの最後の年だね。当時は、まだ日本が何から何まで世界に遅れているときで、みんな貧しかったけれど、これから日本は世界に追いつかなきゃいけないという強烈な意思が社会にみなぎっているような時代だったんだ。

 僕は小さい頃は野球少年だったんだけれど、小学校3年生くらいのときかな、母が顕微鏡を買ってくれたんだ。それで細胞や髪の毛を見たり、プレパラートを自分で作ったりしていたんだよ。そういうわけで、科学は好きだったのかな。

――その頃から研究者になりたいという思いがあったのでしょうか?

 いや、本気で研究者になりたいと思ったのは大学4年生のとき。卒業論文を書いていた頃だったね。僕は高分子というフィールドで勉強していたんだけど、そこに足を踏み入れたきっかけは、生きた鳥が入った鳥かご全体をシリコンの膜で包んで水中に入れる実験のビデオを見せてもらったことなんだ。当然、酸素がなくなって死んじゃうと思ったら、鳥は何週間も生きていた。これはすごいことが起こっていると思ったね。シリコン膜は酸素透過膜なんだ。それを見て、「よし、高分子をやろう」と。

 ご存知のように、日本の高分子研究は繊維で大きく発展して、僕が大学に行った頃は繊維の開発の全盛期が過ぎた頃だった。東レ、帝人、東洋紡なんかで繊維技術が開発されて輸出が次第に減少した頃だったんだよね。それで、繊維企業は高分子を使って人工腎臓などの人工臓器の研究を始めていた。そうした時代のなかで、僕は大学の研究室に配属になってバイオマテリアル[*1]の研究をスタートさせることになったんだ。

*1 バイオマテリアル:医療器具や人工臓器などに利用される材料で、生体やその構成要素と直接あるいは間接に接触させて用いる。

――もともとはバイオマテリアルの研究をされていて、そこから細胞を用いた再生医療の研究につながっていくわけですね。先生の最初の研究室はどちらだったのでしょうか?

 早稲田大学の篠原功先生の研究室。ポリ2-ヒドロキシエチルメタクリレート(PHEMA)のオリゴマー(分子量の小さいポリマー)を作って、親水性のハイドロゲルを研究する―それが僕の卒業研究のときにやっていた仕事だったんだ。

――どのような研究だったのか、詳しく教えていただけますか?

 PHEMA というのは生体適合性のハイドロゲルで、バイオマテリアルの一つなんだよ。ソフトコンタクトレンズの原料にもなっている。僕はPHEMAをもっと小さな分子にして違う性質を持たせたらいろんなことができるんじゃないかという期待を抱いていて、親水性の PHEMAの末端に反応基を導入する研究を始めた。さらに、疎水性のポリスチレンという大きく性質の異なる分子をつなげる研究をしていたんだ。これはたぶん、親疎水性ブロック共重合体の世界で最も早い研究だったんじゃないかな。

 さらに、その分子を表面にコーティングして、親水性と疎水性のナノドメイン[*2]を作った。そのナノドメインの微細構造と抗血栓性[*3]の関連について、というのが僕の博士論文のテーマだった。どういうことかと言うと、こうして作った高分子を血液が触れる材料の表面に溶液からキャストしてコーティングすると、親水・疎水の領域を幅10ナノメートルくらいの間隔ストライプ状に並べることができる。細胞1個がだいたい直径20マイクロメートルくらいだから、ものすごく小さな間隔になるよね。このようにすると、血小板がその材料に触れても活性化しないという現象を僕は発見したんだ。この研究が、僕がバイオマテリアルの分野にのめり込む一つのきっかけになったんだね。

*2 ナノドメイン:親水性と疎水性の異なる性質を持つ分子からなるポリマーを平板などにコーティングすると、相分離が起こって表面上で性質の似た部分同士が集合し、幾何学模様のようなパターンを形成する。このパターンがナノレベルで構成された構造をナノドメインという。

*3 抗血栓性:血液に触れる材料として最も重要となる性質の一つ。血液中のタンパク質が材料に吸着すると血栓ができることがあり、これは生体に重大な影響を及ぼす。そこでバイオマテリアルにおいては、タンパク質の吸着を防ぐために表面の親水性を高めるなどして材料に抗血栓性を持たせることが重要となる。

――博士号取得まではずっと工学部のラボで研究されていたのですか?

 いや、当時の東京女子医科大学(女子医大)には日本心臓血圧研究所と、今の先端生命医科学研究所の前身となる医用工学研究施設(医工研)という人工臓器を研究している場所があったんだ。そこに未来医学やDrug Delivery System(DDS)[*4]、人工臓器なんかの研究をされていた櫻井靖久先生(医工研施設長<当時>)が東京大学からいらして教授を、そして赤池敏宏先生(現・東京工業大学教授)が助手をしていたんだ。博士課程の大学院生だった僕も、そこに出向して一緒に研究させてもらっていた。ちなみに、同時期に東京大学から来ていたのが片岡一則先生(現・東京大学教授)だね。

*4 Drug Delivery System(DDS):薬物送達システム。薬を「必要な時、必要な量、必要な所に届ける」ことを実現する技術。これにより、薬の効果を目的の場所で効率的に発揮することができる。さらに不必要なところに薬を作用させないで済むために、副作用が小さくなると考えられることから、患者に優しい薬の開発が可能となる。

――このころの東京女子医大には、赤池先生、片岡先生、岡野先生という、現在の日本のバイオマテリアル界を代表する3人の研究者が一堂に会していたわけですね。工学部から医学部付属施設のラボに飛び込んでこられたというのは、結構な冒険だったのではないでしょうか?

 そうだね。でも、僕の場合は、化学を研究していた赤池先生が心研理論外科の助手をされていたし、その赤池先生が東京大学で所属していた研究室の教授である鶴田禎二先生(東京大学<当時>)がバイオマテリアル系の特定研究の提案者になっていたという有利な事情もあった。当時はバイオマテリアル研究がだんだん盛んになってくるころだったので、赤池先生、片岡先生、僕の3人は「新しい領域を作ろう!」と、パイオニアとしてむしろ好んで始めたんだよね。最初は大変だったけれど、僕らは当時から、人工材料が医学の中で絶対重要になってくると考えていたからね。実際、今では人工腎臓のホローファイバーとかカテーテルとかペースメーカーにいろんな素材が使われているじゃない。

 あの頃を思えば、採血びんやシリンジがガラス製からプラスチック製のディスポーザブルのものにどんどん代わっていく時代で、人工臓器などに人工材料が使われて体内に埋め込まれたりし始めた時代だった。そういう動きを見ていたら、やっぱり生体と人工材料が触れたら何が起こるかちゃんと分かるような系統的な学問領域を作らなきゃいけない、そう思ってさ。ポリスチレンとかPHEMA なんていう、神様は予測もしなかった物質が体に入ってきたときに、身体はどういう異物認識というレスポンスをするのかというようなことが分かれば、きっと治療や診断に使えるはずだと信じていたからね。

 最初の頃、僕ら3人はタンパク質の吸着から始めた。ある材料に血液なんかが触れると、すぐにタンパク質とかがつくでしょ。そのタンパクの量や構造変化や配向を調べることから始めた。単層吸着したタンパク質量の解析、コンホメーションの解析など、人工物とタンパク質の界面で何が起きているかを詳細に調べていた。それから、血小板が材料と相互作用すると、どのぐらいで活性化するとかしないとか、そういう研究をやってきたんだ。

 僕ら3人は、この国にバイオマテリアルのフィールドをちゃんと作る、そういう意気込みでスタートしたんだよ。まぁ僕は、バイオマテリアル研究の環境整備で遅れをとっている日本ではもうやっていられないとか言って、アメリカに行っちゃったんだけどさ。

・・・・・・・・・

第2回「アメリカでの研究生活―ユタで掴んだ飛躍のきっかけ」へ続く>

(インタビュアー:田村・村岡/ 編集:RegMed-now 編集部・シーニュ)

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2. 再生医療トピックス

◆NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」出演のお知らせ

当研究所の岡野光夫教授がNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演します。
細胞シートというまったく新しい再生医療へのアプローチを確立し、夢の医療の実現に挑む岡野教授に密着します。
お見逃しのないように、是非ご覧下さい。
*番組、映像に関するお問い合わせにはお答えしかねますので、ご了承下さい。

放送日時: 2011年1月10日(月) 22:00~
番組ホームページ: http://www.nhk.or.jp/professional/index.html


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