Vol.5(2010年11月10日配信)

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 こんにちは、RegMed-now編集室です。
 このメールマガジンは再生医療に興味のある研究者・医師の皆様のために現場発、最新の再生医療研究に関する情報や知識を正確にかつわかりやすくお届けすることを目的としております。ご意見、ご感想、新規登録をお待ちしております。

 本日は東京女子医科大学で行われている、非医師のための系統的医学ダイジェスト講座・バイオメディカルカリキュラムの卒業論文の一環で作成され、未来医学誌に掲載されました山村菜穂子氏の論文をもとに、異種移植研究の実情について皆様にお伝えします。

 現在の再生医療において、ヒト間の同種移植では圧倒的なドナー不足の現状があり、人工臓器開発においても生体内の複雑さの再現が困難であることからまだまだ課題が山積している状態です。そこで、両者の中間的なアプローチとしてブタなどの異種の組織や臓器をヒトに移植するという手法が研究されています。組織レベルではすでに心臓弁の置換に脱抗原化したブタ心臓弁やウシの心膜が臨床で用いられています。


【目次】

1. 異種移植の技術動向と課題
―山村菜穂子(未来医学 No.24 2009年号より)

*山村氏の御所属はオリンパス株式会社でありますが、今号に掲載致しました文献の内容は上記のとおりオリンパス社の再生医療事業とは関連がございません。

2. 【新コーナー】再生医療ライブラリ
『エスカルゴ・サイエンス 再生医療のしくみ』
―八代嘉美,中内啓光 (著) 日本実業出版社 (2006)

3. 再生医療トピックス
インテリジェント材料・システム研究会(2011/11/10)のお知らせ


1. 異種移植の技術動向と課題

―山村菜穂子(未来医学 No.24 2009年号より)

*本文は未来医学(No.24 2009年号)からの転載であり、バイオメディカルカリキュラムの卒業論文一環として調査したものです。

i. はじめに

 移植医療は1972(昭和47)年の免疫抑制剤シクロスポリンの登場から飛躍的に発展し、現在心臓移植においては5年生存率が90%以上と非常に高い成功率を保っている。また、近年は再生医療の進展により、ES細胞(Embryonic Stem cells:胚性幹細胞)やiPS細胞(induced pluripotent stem cells:人工多能性幹細胞)、自己の体性幹細胞など、新たな移植ソースへの期待も高まっている。しかしながら移植臓器の不足は未だ解決されておらず、毎年大勢の待機患者が移植を受けることなく亡くなっているのが現状である。

 特に日本においてドナー不足は深刻であり、2006(平成18)年のデータによれば、日本の約3倍の人口の米国と比較した際、心臓移植の件数は約200分の1、肝臓移植で13分の1、腎臓移植で15分の1である。また、日本人が少なからず受けてきた外国での渡航移植もWHOより規制される方向に動いており、状況はさらに深刻になっている。

 ヒト以外の動物をドナーとする“異種移植”はドナー不足解消の一手段として1900年代初頭より何例か実施されたが、1990年代に免疫拒絶や安全性の課題が明らかとなり、以降はpreclinicalな研究が行われてきた。本稿ではドナー不足解消手段としての異種移植に再度注目し、現在の技術動向について述べることとする。

ii. 異種移植(Xenotransplantation)とは

 ヒトからヒトなど、同種の動物間で行われる移植が“同種移植(Allotransplantation)”であるのに対し、ブタからヒトなど、種の違う動物間で行われる移植が“異種移植”である。異種移植の中でもさらに、ヒトとサルなど近縁の動物間の移植“concordant”と、ヒトとブタなど遠縁の動物間の移植“discordant”に分類される。ブタからヒトなどのdiscordantでは移植後数分単位で見られる超急性拒絶反応(Hyper Acute Rejection)が起こり、24時間以内に移植片が脱落する。

 一方、種の近いconcordantでは超急性拒絶反応は見られず、数日間レシピエント(移植患者)の組織と生着する。discordantでは超急性拒絶反応を回避することが必須である。超急性拒絶反応が起こらないことから、一時期はヒトに近い種であるヒヒやチンパンジーがドナーとして注目されたが、下記の点で移植動物としてブタが適しており、超急性拒絶反応およびその後に続く拒絶反応を回避すべく研究・開発がなされている。

■ブタが移植動物として優れている点
・ 飼育が容易であること
・ 繁殖期間が短く多産であり、個体数が確保できること
・ 食用としてすでに用いられているため、倫理的抵抗感が少ないこと
・ 臓器の大きさがヒトに近いこと

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iii. 異種移植の技術動向

 冒頭に述べたように、異種臓器移植は1900年初頭から行われてきたが、成績が芳しくないため、1992(平成4)年の Czaplicki らのブタの心臓の移植、1993(平成5)年のMakowkaらのブタの肝臓の移植が行われた頃からヒトへの移植はほとんど行われていない。現在は超急性拒絶反応とその後に続く急性・慢性の拒絶反応を抑えるドナー動物をいかに作製するかが研究されており、霊長類への異種移植で効果や安全性を確認している段階である。

 一方で、肝臓や膵臓といった生化学的な機能が重要な臓器に関しては、細胞単位での移植でも効果が望めることが示され、細胞移植や人工臓器の細胞源として異種細胞を用いることが増えてきている。これからの中には、大規模な臨床試験を行っているものもある。

 前述のとおり、現在はブタが異種移植ドナーの有力候補と考えられていることから、本項はブタにフォーカスした技術動向を紹介する。

(1)遺伝子改変ブタの作製

 ブタをはじめとする哺乳類の細胞に広く発現している糖鎖(α-Gal)抗原に対し、ヒトが自然抗体を持つことが超急性拒絶反応の一因だとされている。この糖鎖の発現を抑えるため、糖鎖修飾酵素遺伝子をノックアウトした(α1,3-galactosyltransferase gene knockout:GTKO)ブタの開発が行われてきた。最近では2008(平成20)年にHisashiらが、GT-KOブタの心臓をヒヒに移植する実験を行っており、ヒヒはヒトと同じくα-Galの自然抗体を持つが超急性拒絶反応は起こらず、8例中1例は6カ月に及ぶ長期間の生着が見られたことを報告している。 しかし超急性拒絶反応回避後は、免疫抑制剤の投与をしていたにもかかわらず、急性・慢性の双方の拒絶反応が観察され、α-Galの抑制だけでは拒絶反応の回避が不十分であることが明らかになっている。

 また、他の要因としては、補体制御蛋白(CD59、DAF[CD55]、 MCP[CD46]など)の種特異性が挙げられる。従来、補体制御蛋白は、補体活性化による障害効果から宿主の細胞を守る働きをするが、同蛋白は種特異性が高いことから、移植されたブタ組織では細胞に存在する補体制御蛋白が機能していないと考えられる。Zaidiらはこの補体の攻撃から移植組織を守るため、補体制御蛋白の1つ、ヒトDAFを発現するトランスジェニックブタ(hDAF TGブタ)を作製した。このブタの腎臓をカニクイザルに移植した際は、超急性拒絶反応が抑制されることを報告している。以上のように、これらの拒絶に関わる因子を発現・ノックアウトすることで超急性拒絶反応を抑制する遺伝子改変ブタの開発が進んでいる。

(2)異種細胞治療

 ブタ細胞をヒトに用いている臨床研究の中で、近年行われたものを中心に紹介する。

● 神経細胞移植
 2000(平成12)年にFinkらGenzyme社のチームがFDA(Food and Drug Administration:米国食品医薬品局)の認可を受けて、パーキンソン病の患者にブタ胎児ニューロン細胞を移植している。7カ月後にも生着している細胞が確認され、症状の改善も見られている。また同年の報告で、Schumacherらも同じブタ胎児ニューロン細胞をパーキンソン病患者に移植しているが深刻な問題は出ず、患者により差はあるが一部症状の改善が見られている。

● 膵島細胞移植
 2000(平成12)年にElliottらは、2人のⅠ型糖尿病患者の腹腔内へ、アルギン酸ポリリジンのカプセルに入れた新生児ブタ膵島を投与した。結果としてインシュリン投与量を最大34%減らすことができた上、その効果は2年間持続したことが報告されている。

● 人工肝臓
 肝臓の細胞の場合は、中空糸をつめたバイオリアクター中に入れられ、人工肝臓として使用されている。
2004(平成16)年にDemetriouらは、171例にも及ぶブタ肝細胞を封入した人工肝臓の大規模スタディの結果を報告しており、急性・亜急性肝障害の群において人工肝臓を装着した群は、コントロール群に比べ有意に患者の生存率が高くなることを示した。
 急性肝障害時の回復の間、または移植待機の間の機能代替として有用だといえる。

(3)動物の卵母細胞を用いたヒトES細胞の作製

 最後に、臨床は少し先だが未来の異種移植を想像できる研究を紹介する。

 ES細胞はどのような組織・細胞にでも分化することができる万能性を持つ細胞であることが知られており、目的の細胞や組織に分化誘導することで将来ドナー不足解消につながると期待が寄せられている。

 治療に用いるにあたっては、患者のDNAを持つES細胞を作製することができれば免疫拒絶反応を回避できる。患者のDNAを持つES細胞を作製するには、未受精卵に患者の体細胞などからとった細胞核を移植すればよい。しかし、核移植は効率が悪く多量の未受精卵を必要とするため、この未受精卵をいかに調達するかが課題となっている。

 これを解決しようと、異種動物の卵母細胞にヒトの核移植を行いES細胞を作製する試みが行われた。Chungらはヒト、ウシ、ウサギのそれぞれの卵母細胞にヒトの核移植を行い、ES細胞の指標となる遺伝子発現を観察した。

 しかし、残念なことにヒトの卵母細胞を用いた場合は多分化能を示す代表的なマーカーであるOct-4、Sox-2、Nanogなどの発現上昇が見られたのに対し、ウシ・ウサギの卵母細胞に核移植をした場合はいずれも多分化能マーカーの発現が変わらない、もしくは低下していることが確認され、異種の卵母細胞への核移植のみではES細胞が作製できないことが報告された。

 この試みは成功しなかったが、将来異種移植が自己の細胞・組織の移植と等価になる日が来るのかもしれない。

iv. おわりに

 本稿では異種移植の近年の状況を調査し報告した。現時点で臨床に達している異種移植は細胞移植のみであり、いずれの臨床研究においても機能の改善は見られるものの、人工臓器や投薬を脱する等、患者のQOLを上げる水準に達しているものは少ないように感じる。異種移植用ドナー動物の開発により、移植待機の間に亡くなられる患者さんが少なくなることを切に期待する。


◇山村 菜穂子(ヤマムラ ナホコ)
オリンパス株式会社 研究開発センター
バイオメディカルカリキュラム第38期卒業生

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2. 【新コーナー】再生医療ライブラリ

『エスカルゴ・サイエンス 再生医療のしくみ』  ―八代嘉美,中内啓光 (著) 日本実業出版社 (2006)

 本書の再生医療の基礎となる生物学的知識から最新の研究まで、アニメやSF小説、映画などのタイトルやエピソードも多数引用して非常にわかりやすく解説しています。専門用語も最低限に抑えられるなど一見非常にソフトですが、主要臓器の再生、ES、iPS細胞などの幹細胞研究、市場価値、倫理的問題まで幅広く取り扱っています。生物学になじみが無い方や初学者のかたにもオススメの一冊です。

*本コーナーでは今後不定期に再生医療関連の書籍を紹介して参ります、お楽しみに!

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3. 再生医療トピックス

第20回インテリジェント材料・システム研究会 (旧バイオ・ナノテクフォーラム)

開催日:2011年1月6日(木)
会場:東京女子医科大学先端生命医科学研究所 TWIns 2階 大会議室
URL:http://www.sntt.or.jp/imsf/index03.php

 本シンポジウムは組織工学の基盤を支えるインテリジェント材料をテーマとしたシンポジウムであり、来年で20周年を迎えます。若手研究者を対象とした国際的な学術賞である高木賞や学生を対象とした奨励賞が設けられており、これらは当該分野での若手の登竜門的な存在となっております。本年度の募集は終了してしまいましたが、毎年開催されておりますのでバイオマテリアル研究者を目指す若手のみなさんにはぜひチャレンジされることをお勧めします。
 お問い合わせはインテリジェント材料・システム研究会事務局(f-ims@sntt.or.jp)まで。


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