Vol.3(2010年10月14日配信)

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 今回は、東京女子医科大学先端生命医科学 大和雅之教授の文献を通し、現在実用化されている再生医療製品や日本での再生医療の現状を紹介します。
タイトルにある組織工学(Tissue Engineering)とは幹細胞生物学とならぶ再生医療研究の大きな柱であり、細胞のみ、または細胞と生体適合性のマテリアルを組み合わせてin vitroで組織を構築するという研究分野です。


目次
1. 再生医療の現状と課題
  組織工学の立場から-大和雅之(学術の動向 2009年8月号より)
2. 再生医療トピックス
  東京女子医科大学グローバルCOEシンポジウム(11/11)のお知らせ


1. 再生医療の現状と課題

組織工学の立場から 大和雅之(学術の動向 2009年8月号より)

i. はじめに:再生医療の制度的枠組み

 本稿では、これまでにおこなわれてきた再生医療のヒト臨床応用に関して、特に産業化されたものを中心に組織工学の観点から概説する。
ここで再生医療は、対症療法中心の薬物療法や切除中心の外科的治療の限界を超える、細胞を用いて根治治療を目指す新規治療と定義し、紙幅の都合上、徐放担体を用いた薬物治療や遺伝子治療は含まない。

 日本では3つの枠組みで再生医療が可能である。一つ目は、医師法のもとに完全自由診療としておこなう場合である。
細胞を用いた美容整形や末期がん患者に対するガン免疫療法などもこれに含まれる。今後、混合診療が歯科以外でも認められると、この枠組みのもとでの再生医療は大きく開花すると期待される。

 二つ目は、臨床研究としておこなう場合である。厚労省は、所属機関の倫理委員会(IRB)が認めた研究として少数例の治療をおこなう場合、2006年9月1日から施行されている「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」(いわゆる「ヒト幹指針」)に合致することを求めている。
本指針では、臨床研究を開始する際に厚生労働大臣の意見を求めることが必要とされており、その実態は学識経験者からなる審査委員会の承認である。
現在までに10件弱の臨床研究計画が承認されている。

 三つ目は薬事法のもとで治験をおこない、製造販売承認を得る場合である。
残念ながら国内でこれまでに製造販売承認を得た組織工学製品はジャパン・ティッシュ・エンジニアリング社のジェイス(培養自己表皮、詳細は後述)しかない。
一方、欧米等、日本以外の先進国のほとんどは日本の臨床研究に該当するような規模のものであっても治験とほぼ同様のプロセスが求められており、むしろスポンサーとして企業が経費を負担する治験が優先されている。

 このような制度的枠組みによる切り分けの他に、操作の軽重による切り分けも存在する。
「ヒト又は動物由来成分を原料として製造される医薬品等の品質及び安全性確保について」(平成12年12月26日付の医薬発第1314号厚生省医薬安全局長通知)とその事実上の改訂である「ヒト(自己)由来細胞や組織を加工した医薬品又は医療機器の品質及び安全性の確保について」(平成20年2月8日付け薬食発第0208003号厚生労働省医薬食品局長通知)の定義では、「細胞・組織の加工」とは、「疾患の治療や組織の修復又は再建を目的として、細胞・組織の人為的な増殖、細胞・組織の活性化等を目的とした薬剤処理、生物学的特性改変、非細胞・組織成分との組み合わせ又は遺伝子工学的改変等を施すことをいう。
組織の分離、組織の細切、細胞の分離、特定細胞の単離、抗生物質による処理、洗浄、ガンマ線による滅菌、冷凍、解凍等は加工とはみなさない」とあり、培養等の加工をおこなわない場合には、これら指針の対象とならないことが明記されている。
たとえば手術室で患者自己骨髄を採取し、カラム等で必要な細胞を単離し、培養することなく患者に移植するといったものである。
一般に、このような培養等の加工をともなわない操作をミニマル・マニピュレーションと呼んでいるが、残念ながらこのような操作で顕著な治療効果を上げられる例は、ほとんど知られていない。


ii. 細胞懸濁液移植による再生医療

 骨髄移植としてスタートした造血系幹細胞移植は、現在までにほぼ確立した治療技術となっており、骨髄バンクに続いて臍帯血バンクが立ち上がる等、試験的臨床研究のレベルをはるかに超えて、支援組織の整備の段階に入っている。
しかし造血系以外では、幹細胞を含むと考えられる細胞懸濁液の注射で有効性が示されている臨床報告はきわめて限られている。
遺伝子疾患に起因する肝不全患者への経門脈的あるいは脾臓への他家健常肝実質細胞移植や、パーキンソン病患者への中絶胎児由来他家神経細胞移植は有効性が確認されているが、これらでさえ全世界で100例弱程度にすぎない。
この他、バージャー病などの下肢血行障害や虚血性心疾患の治療として障害部位筋肉への自己骨髄細胞移植が有効であるとの報告が注目を集めている。
しかし、筋組織への細胞懸濁液の移植は、数十カ所から百カ所程度の注射により達成され、その際に注射針が不可避的に組織を傷つける他、移植された細胞の生着率が10%以下ときわめて低いこと、また島状の組織のみが再生し、大きな組織とならないなどの問題点も指摘されている。
さらに心筋への移植では不整脈による死亡例を報告されている。

 上記の細胞懸濁液移植は、すべて培養することなく採取した細胞を直接移植に供しているが、培養系で増殖させた細胞を移植に供する系としては、膝関節軟骨の傷害に対する培養自己軟骨細胞懸濁液移植が知られている。
欠損部位は自己骨膜で被覆する。
その臨床応用は1994年にブリットバーグらにより報告され、1995年より米国Genzyme社より患者軟骨細胞の培養代行サービス(1件約200万円)がCarticelRとして商品化されており、一万件以上の症例がある。

 フランスのフィリッペ・メナシュが率いた虚血性心筋症に対する培養自己骨格筋筋芽細胞移植の第II相試験であるMAGICスタディは、米国Johnson & Johson社と米国Medotronic社によるジョイントベンチャーをスポンサーとするベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、英国での多施設ランダマイズド試験であり、97名の患者が参加した。
冠動脈バイパス手術時に梗塞部位およびその周囲に計30箇所の注射による細胞懸濁液の移植をおこなった。第I相試験で頻発した不整脈を防ぐため全例に除細動器を装着している。
試験の結果、プライマリーエンドポイントである心機能の改善を得ることができず、やはりヒトを含む大形動物の組織再生には細胞懸濁液の注射だけでは不十分であり、何らかの形で組織を再構築する技術すなわち組織工学の探求が必須であると考えられる。

 この他、FDA(米国食品医薬品局)やEMEA(欧州医薬品審査庁)などの規制当局のもとで製造販売承認を目指した治験では、英国ReNeuron社による同種神経幹細胞懸濁液注射による脊髄損傷の治療や、米国Osiris社による同種間葉系幹細胞懸濁液注射によるGVHD(移植片対宿主病)、急性心筋梗塞、脳梗塞の治療、米国Geron社によるES細胞由来オリゴデンドロサイトの懸濁液注射による脊髄損傷の治療が進行中である。

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iii. 組織工学黎明期:培養皮膚の臨床応用

 培養細胞を用いて臨床応用に成功したのはハワード・グリーンらによるものが最初である。グリーンは、特殊な培養条件下で移植に耐えうる重層化扁平上皮組織を作製できることを1975年に報告し、1980年より臨床応用を開始した。培養皿からの回収にはディスパーゼと呼ばれる微生物由来のタンパク質分解酵素を用いる。
本技術を用いてGenzyme社は1988年よりEpicelRの商品名で患者表皮細胞の培養代行サービスを商品化している。
同様の培養代行サービスはヨーロッパや韓国でも商業化されている他、本邦でも2007年に日本初の再生医療ベンチャーであるジャパン・ティッシュエンジニアリング社が厚生労働省の承認を得た。この技術を用いた症例は、これまでに1万件程度である。
表皮と同様に重層扁平上皮である角膜上皮も同様の培養条件で作製できるものの、培養表皮に比べ重層化度が低くディスパーゼ処理後に脆弱となるため、フィブリンゲルや羊膜を基質として培養し、そのまま角膜実質に移植する。
あるいは我々が開発した温度応答性培養皿上で培養し、ディスパーゼ処理ではなく室温程度の低温処理で回収し移植に供する。

 1979年、ユージン・ベルらは、真皮(皮膚の下層部分、皮革製品の材料)など軟骨以外の多くの結合組織の主成分であるI型コラーゲンを生理的条件で37℃に加温するとゲル化することに着目し、ゲル化の際に細胞を導入すると、内部で三次元的に細胞が分散した細胞を含むコラーゲンゲルを作製でき、これを三次元培養系とすることができることを報告した。
ベルらはこの技術を発展させ、線維芽細胞を内部に含む収縮コラーゲンゲルの上に表皮細胞を播種し、これを培養全層型皮膚として1981年に論文報告した。
この技術はベル自身が作ったOrganogenesis社がApligrafRという名前で商品化した。適応は糖尿病の際に足裏にできる難治性潰瘍である。
ApligrafRは、細胞が生存した状態で出荷され、患者患部への移植後も細胞はしばらくの間生存しているものと考えられる。
この間にApligrafRが創面を塞いで創傷治癒を促進する他、ApligrafR中に含まれる移植された細胞が、種々の細胞成長因子やサイトカイン、細胞外マトリックス成分を合成分泌することで、他の薬剤では見ることのできない良好な創傷治癒が生じる。


iv. 生分解性足場を用いた組織工学とその臨床応用

 1980年代後半、ジョセフとチャールズのヴァカンティ兄弟は、皮膚のように薄い組織ではなく、肝臓のように分厚い臓器を作ることを目指して、三次元的な細胞の足場を作り、これに細胞を播種して培養した後に移植に供するという新しい手法を提案した。
足場の素材としてポリ乳酸やポリグリコール酸などの生分解性合成高分子が採用された。ポリスチレンやポリエチレンなどの合成高分子はいずれも生体適合性を大きく欠いており、我々の体の中に埋入しても身体の一部として同化することはない。
コラーゲン中心とする線維性の組織で周囲を取り囲まれ、内なる外部として隔離されてしまう。
しかし、生分解性合成高分子は、生体内への埋入後に、ある一定の半減期をもって分解され、吸収もしくは排泄されるという性質をもち、すでに内臓の手術等に用いられる縫合糸の素材として臨床応用されていた。
すなわち、対象とする組織の形態にあわせて成型した生分解性高分子製の細胞培養用足場に細胞を播種し、培養後に患部へ移植する。
足場は分解するが、その間に足場に播種した細胞やホスト由来の細胞が合成・分泌したコラーゲンやプロテオグリカンなどの細胞外マトリックスないし増殖した細胞と置換されるため、足場通りの形を再現した組織が再生することが原理的には期待される。
逆に、生分解性高分子の分解・消失速度と細胞による細胞外マトリックスの産生速度、細胞の増殖速度がうまく対応していないと形が崩れることになる。

 1993年、ジョセフ・ヴァカンティは共同研究者であるロバート・ランガーと共著でScience誌に「ティッシュ・エンジニアリング」と題する総説を発表し、組織工学研究が世界的に大ブレイクすることとなる。ただし、少なくとも現状では、生分解性合成高分子製足場を用いた臨床例はきわめて少ない。
マウスの背中にのったヒトの「耳」は、1990年頃には様々なメディアに登場していたが、それからおよそ20年が経過した現在においても、中国以外では一例の臨床応用もされていない。
中国では約40症例があるが、全例で耳の形状が維持できていないとのことである。他には、ヴァカンティの共同研究者であったアントニー・アタラらによる膀胱再建術の臨床応用8例がLancet誌に報告されているが、その結果は必ずしも芳しいものではない。
生分解性合成高分子製の足場を活用した組織工学製品として、Advanced Tissue Science社が開発したDermagraftRがある。
割礼包皮由来他家皮膚線維芽細胞を生分解性合成高分子製のメッシュ上に播種し、培養した培養人工真皮であり、適応は難治性の潰瘍である。

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v. その他の組織工学製品

 生分解性足場を用いない他の組織工学技術を用いた臨床応用例として、最近New England Journal of Medicine誌およびLancet誌に報告されたCytograft Tissue Engineering社によるものがある。
同社は、シートベーズド組織工学と呼ぶ技術を活用し、培養人工血管を開発してきた。
具体的にはアスコルビン酸などの添加によりコラーゲンなどの細胞外マトリックス産生を促進した培養条件下に切手大の皮膚組織片から単離した患者自己線維芽細胞を供し、豊富な細胞外マトリックスと多数の細胞を含み、縫合等の操作に耐えるシートを作製する。
これを心棒に巻き付けて血管様に加工した後に、患者自己血管内非細胞を内腔に播種する。
このようにして作製したLifeline?は血液透析に用いるAVシャントとして臨床応用されており、10名の初期臨床結果(最長13ヶ月)が報告されている。
培地成分以外の人工物を一切用いることなく動脈圧に耐えうる培養人工血管が作製できたことは大きな成果である。

 この他、最近では人工物で足場を作る研究と並行して、屍体あるいは動物由来の組織を界面活性剤等で脱細胞化し、不溶性の細胞外マトリックスだけからなる脱細胞化組織を足場として活用する研究が多数報告されている。
この技術の臨床応用として、パオロ・マキャリニらが最近Lancet誌に報告した結核性気管支炎による気管支軟化の再生医療的治療がある。
屍体由来の気管を脱細胞化し、ここに患者自己由来の上皮細胞と軟骨細胞を播種して培養した後に移植に供している。
術後4ヶ月の一例報告ではあるが興味深い。


vi. 課題

 今後、骨格筋や腎臓、肝臓等の大形組織・臓器の再生医療を目指すのであれば、どのようにして分厚い組織を再構築するかに関した研究にもっと注力すべきである。
そのためにはホスト血管系に接続しているかあるいはマイクロサージェリーで接続可能な末端をもつ毛細血管網を組織中に再生させることが必須である。
同様に筋肉等の組織では神経系の再生も必須である。
我々は細胞シート工学と呼ぶ独自技術を体系的に追求し、角膜、心筋、食道で臨床応用を成功させた他、角膜に関しては欧州で治験を進行中である。
大形臓器の再生にも、細胞シート工学はきわめて有効であると考え、この方向の研究を展開している。

 また、現行の規制では細胞培養はGMP省令にもとづいておこなわれる必要があり、具体的には一昔前の半導体製造用程度のクリーンルーム(セル・プロセシング・センター、CPCと呼ばれる)と各種ドキュメント類にもとづく運用が必要であり、そのコストは膨大である。
すでに各種オートメーション技術の導入により半導体製造施設の無人化が達成し、歩留まりの極限的な向上と低コスト化が実現したように、組織工学製品の製造においても同様のイノベーションが必須であると期待される。
また、皮膚や角膜といった体表ではなく、深部臓器への移植を低侵襲に実現するための移植デバイスの開発も必須であろう。
マスタースレイブ型のロボット手術装置da Vinciはすでに1000台以上が市販されており、泌尿器科領域では絶対的な信頼性を勝ち取っている。
今後、各々の組織工学製品と対象臓器に最適化されたディスポーザブルな移植デバイスが開発されるものと期待される。

 我々は、細胞シート工学をきわめて集学的な学問領域であると認識し、バイオリアクターや低侵襲細胞シート移植デバイス、細胞シート自動積層装置、全自動細胞培養装置といった様々な周辺技術を体系的に追求している。


◇大和 雅之(ヤマト マサユキ)
東京女子医科大学先端生命医科学研究所(TWIns) 教授
専門:組織工学・再生医療・幹細胞生物学

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2. 再生医療トピックス

東京女子医科大学グローバルCOEシンポジウム開催のお知らせ

テーマ「次世代先端医療を実践する国際的研究者を育成するためには」

日時:平成22年11月11日(木)13時~
会場:東京女子医科大学弥生記念講堂
参加費:無料
URL:http://twins.twmu.ac.jp/gcoe/64.html


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