Vol.15(2011年6月15日配信)

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川原尚行先生とのインタビューの模様を4号にわたり配信したいと思います。川原先生は九州大学医学部をご卒業されたのち医師として活躍していらっしゃいました。しかし、外務省の医務官を経験した事をきっかけに、安定した収入と地位が築ける生活をなげうって、日本から遠く離れたスーダンで精力的に医療や母子保健活動を中心とした国際貢献を行っていらっしゃいます。先日行われました再生医療学会でも特別講演をしていただき、その行動力、情熱に、若手だけでなく諸先生方まで強く感銘を受けました。川原先生、ロシナンテスは、今回の東日本大震災においても、震災後すぐに現地ボランティアに向かい医療活動を行いました。そして、現在も引き続き名取市において復興支援活動をおこなっています。川原先生は研究者ではありません。しかし、多くの困難に立ち向かい挑んでいく姿は、今、研究者を目指している若手に大きな力を与えてくれるものだと思います。

  今回は川原先生のインタビューの1回目としまして、川原先生の青春時代と外務省勤務時代のお話を中心に伺い、スーダンに行くことになるまでの模様をお送りいたします。


【目次】

1. インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第2弾 川原尚行
●第1回 「青春時代の絆」

2. 再生医療ライブラリ
◇「細胞シート組織工学のためのポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)修飾スマート表面」
中山正道ら、Material Matters、2011年

3. 再生医療トピックス
◇第43期バイオメディカル・カリキュラム 受講生募集!
◇「TOP OF THE TOP ! – 世界の頂点をめざす研究者30名」展開催のお知らせ

4.ABMESダイジェスト
(西尾忠ら、高橋宏信ら)


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第2弾
-NPO法人ロシナンテス理事長・医師 川原尚行

【プロフィール】
川原 尚行(かわはら・なおゆき)
1965年生まれ、福岡県出身。1992年九州大学医学部を卒業。1998年九州大学大学院修了後、外務省入省。在タンザニア日本国大使館へ医務官(兼二等書記官)として赴任。その後、ロンドン大学で熱帯医学を研修。2002年、在スーダン日本国大使館に医務官(兼一等書記官)として赴任。2005年外務省を退職後、スーダンで医療活動を開始。2006年NPO法人ロシナンテスを設立。


☆シリーズ第2弾を読む > 第1回第2回第3回最終回

●第1回 「青春時代の絆」

◆再生医療とアフリカの地域医療

──本日は日本再生医療学会で「意志あるところに道拓けるか?─スーダンでのNGO活動─」というテーマでご講演をされて、いかがでしたでしょうか?

川原 この学会は、医師だけではなく、工学や他の専門家、厚生労働省など行政の技官、企業などの方々が参加していて、性格的に面白いですね。それほど大きな学会ではないのに、これだけの多くの人が一生懸命聞いてくださったのを非常にありがたく思いました。再生医療とアフリカの地域医療や人の交流など、一見全く関係がないようですが、今後リンクする可能性があり、そうなると素晴らしいことになると感じました。

◆高校時代の思い出

──まず医師としての川原先生が誕生するまでについてお伺いしたいと思います。ご出身は北九州と伺っていますが?

川原 はい。九州とアフリカしか知りません。広島に1年、ロンドンに1年住んだほかは。

──小さい頃はどんなお子さんだったのでしょうか?

川原 正義感は強いような。自分はけんかするほうではなくて、けんかの仲裁をするような感じの子どもでしたでしょうか。

──医師になろうと思ったきっかけはありますか?

川原 特別な事情やエピソードはまったくありません。近所の寺の和尚さんがよく家に来ていて、「おまえ、社会に役立つような仕事せえよ」と説教されたくらいでしょうか。

──では、やはり大学への進学のときですか?

川原 いえ、高校(福岡県立小倉高校)時代はラグビーしかしていなくて、勉強はまったくしていなかったのです。高校ラグビーは全国大会(花園)が冬にあるので、それを目指して3年生の冬までやっていたんです。それで大会が終わって気がついてみたら何もない。とりあえずの目標として大学への勉強をしないといけないな、と思った。でも、医学部どころかどこの大学にも受かるような成績ではなかった。今からでも勉強するか、どうせ勉強するなら医学部を受けるか、と思って、2年かかりましたが医学部に入りました。まあ、その程度で動機と言えるかどうか。

──高校時代はラグビーで活躍され、そのときの仲間とのつながりが深く今も交流があり、ロシナンテスの立ち上げなど、川原先生のお力になっているとお聞きしています。その頃の印象的なエピソードがあればお聞きしたいのですが?

川原 そうですね。私たちの代のチームはけっこう強かったんですよ。上の代の先輩は春で部活をやめて、勉強して大学受験に取り組むのが普通でしたが、私がキャプテンで、「花園に行こう」と思った。それで副キャプテンと2人で冬までやりたいと言った。でも他の部員は、やはり練習もつらいし、勉強もしたいというので、春の大会でやめると言っていたのです。
 その春の大会前に私がけがをしてしまったんです。手術して、入院。大会に出られなかった。そうしたら、みんなが病院まで来てくれて「おまえと一緒にラグビーしたい」と言ってくれた。「じゃあ、おまえら、きつい練習にも耐えるな」、「オー」とか言って、それで3年生も残って全国大会を目指したんです。

──ドラマみたいで、すごく感動的ですね。それで全国大会に出場できたのですか?

川原 県大会も勝ち進んで、間違いなく花園に行けると思っていたら、スクラムハーフの2年生が出場停止。代わりに1年生を入れたのですが、スクラムハーフというのはフォワードとバックスをつなぐ要のポジションで、当然相手はそこをつぶしにかかってくる。それで本来勝てるチームに負けてしまった。そいつはわんわん泣いていましたっけ。そいつは今、ロシナンテスの事務局長をしていますよ。

──苦い経験も、それを共有したということが財産になっているのですね?

川原 強いつながりができたことは感じますね。

──川原先生がキャプテンとして、チームを率いるのに気をつけていたこと、意識していたことはありますか?

川原 例えば、今と違ってボールが本皮で、下級生にはボール磨きという仕事があった。ボール磨きは朝練や始業前、昼休みにやるのですが、その磨き方が悪いと罰則があったのです。あと、練習に遅刻してきたら、これも罰則。罰則はキックダッシュを20本とかです。普通、罰則って先輩たちは与えるだけ、下級生を走らせるだけで、自分はしないものでしょう。ですが、私は下級生に罰則を与えたときは、自分も一緒に先頭を切って走っていました。だから後輩たちは文句も言えない。「かなわない先輩でした」と彼らは言いますね。

──後輩をついてこさせるために自らが示されたのですね?

川原 そう、やってみせる。山本五十六も言っていたじゃないですか。「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて……」と。

──お仲間とはその後も交流を続けられてきたのですね?

川原 OB会と称しての酒盛りをよくやっていました。外務省時代も、「川原が帰ってきた」といっては酒盛り。ロシナンテスの立ち上げも、飲み会で「おれ、外務省辞めてきた」というところから、「じゃあ、俺たちで何か始めよう」というスタートの場にもなった。「父さんはラグビー部の仲間に助けられている」と息子も言っています。

◆外務省の医務官に

──川原先生はどういうきっかけで外務省の医務官になられたのですか?

川原 私は海外に1回も行ったことがなかったのです。大学を卒業してすぐ結婚したのですが、新婚旅行も長崎のハウステンボスに2泊3日で、2万9800円くらいで済ませました。九州から出られないですね。その後、外科の医局に入り、ますます海外などに行く暇などない。大学院のときにたまたま「外務省医務官募集」というのが目に止まったのです。アメリカへの留学の話もあったのだけれど、アフリカのほうが面白そうだと、本当に軽い気持ちでした。遊びに行くつもり、1年で帰るつもりが……。

──それが……。

川原 タンザニアに3年半、ロンドンに1年、それからスーダンに2年半。7年間、外務省の医務官を務めることになりました。

──外務省の職員として派遣されて行ったのですね?

川原 そうです。当時、同様の医務官は世界各地に80数名いました。大使館に赴任して外交官やその家族を診るというのが基本的な仕事ですが、当該地に在住している日本人の診療を行うこともありました。当然、その国、地域の医療事情やシステムなどについてもかかわることが多くなってきます。そこで、世界各地にいる医務官を組織立てて、互いの任地での医療の実践のレベルアップを図るとともに、情報を共有、発信したりできたら面白いんじゃないかと思った。例えば、感染症情報などを現地の最新の情報をつかんで発信したりする。日本版のWHOみたいな活動ですね。さらには現地で医療協力を行う。日本の外務省、医務官が医療協力を率先してできるのではないかと。
そんなことを周囲に話していたら、賛同してくれる人もいたけれど、医務官の中には「川原、余計なことをするな」「それならお前、厚生労働省に入れ」という感じのほうが強かったですね。そんなこんなでスーダンに行って、アフリカでの医療状況を知るつれ、スーダンでやりたい医療活動をするためにも、外務省は辞めようかなと思ったわけです。

──従来の医務官としての仕事だけじゃ駄目だと思われたのですね。ところで、海外の医療事情を見られて、日本との違いを感じられたことはどんなところですか?

川原 日本の医療システムはやはり世界一だと思いましたね。国民皆保険で、それほどの負担がなく素晴らしい医療を受けられる。それは日本の医師、看護師、医療従事者の懸命な活動があるからこそと思っています。そこをもっと国民は認めてあげないといけない。ただ、それがなかなか分かりにくく伝わりにくい。マスコミの責任もあるでしょう。いいものをいいとなかなか言わないで、悪いところばかり探すような体質は変えないといけない。

──日本の地域医療についても、お感じになるところがあったのでしょうか?

川原 大学も変わってきたし、医局もだんだん崩れていっている。それがいいのか悪いのかは分からない。それが原因でまた日本の地域医療も変化してきているのは事実でしょう。私の頭の中では、海外の医療、地域医療と、日本の地域医療とはリンクしていて、現在の活動を通して日本の地域医療を何とかしたいとは思っています。例えば、私の出身地の北九州から国際協力、すなわち地方都市が国際協力する。今度、スーダンのドクターが北九州の病院に研修会で来るのも、その一環です。

──アフリカでの医療から日本の地域医療の問題が見えるということですか?

川原 医療だけではありません。農業をはじめ様々な産業だってそうです。人口の過疎や都市への集中、それがためにいろいろな問題が起きているでしょう。日本の根本の再生に、「地方」というのはキーワードだと思います、地方の活性ですね。私は医療からスタートしているに過ぎないのです。

──日本の医療の将来も見据えながらも、スーダンで地域医療を行われようと思ったのはなぜですか?

川原 私は、選ぶ人生をしていない。スーダンは、スーダンに赴任して関係があったからです。アフガニスタン、エチオピア、ケニアとかと比べてスーダンを選んだわけではない。スーダンに行って関係があったから、そこで支援をしようというのが私の生き方です。そして、支援において日本政府がやってきたこと、やらなかったこと、やろうとしないことを批判はしない。でも、違ったやり方があるのではないか、それをやろうとしたに過ぎないのです。

・・・・・・・・・

第2回 「スーダンへ」に続く

(インタビュアー:RegMed-now編集室/ 編集:RegMed-now編集室・シーニュ)

本日インタビューを掲載させていただきましたNPO法人「ロシナンテス」に興味がございましたらホームページをご参照ください。
http://www.rocinantes.org/index.html
また、ロシナンテスの会員になりたい方、ロシナンテスのサポートに興味のある方はこちらをどうぞ!!
http://www.rocinantes.org/support/

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2. 再生医療ライブラリ

◇「細胞シート組織工学のためのポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)修飾スマート表面」
  中山正道ら、Material Matters、Vol.5、No.3、「生物医学用材料」2011年

本研究所の中山正道らが執筆した原稿がアルドリッチ社発行の雑誌に掲載されました。本研究所で考案された温度応答性培養皿の基礎的な内容と展開がわかりやすく解説されています。
http://www.sigmaaldrich.com/japan/materialscience/catalog.html

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3. 再生医療トピックス

◇第43期バイオメディカル・カリキュラム 受講生募集!

東京女子医科大学では、医療産業に携わる社会人が1年間で医学と工学を系統的に学習する講座を約40年にわたり開講しています。
開講期間: 2011年10月~2012年9月
申込み〆切: 2011年7月末日
詳細はwebをご覧下さい→http://www.twmu.ac.jp/ABMES/BMC

◇「TOP OF THE TOP ! – 世界の頂点をめざす研究者30名」展開催のお知らせ

 日本科学未来館にて「TOP OF THE TOP ! – 世界の頂点をめざす研究者30名」展が開催されています。本研究所の展示も含めて、世界のトップをめざす「FIRSTプログラム(最先端研究開発支援プログラム)」の中心研究者30人とその研究がパネル展示されています。
開催期間:6月11日(水)~7月24日(日)
場所:日本科学未来館 3階 サイエンスライブラリ
入場料:無料(常設展示入場には別途大人600円必要です)
また、FIRSTのホームページにて、本研究所の活動を解説した動画が掲載されています。
http://first-pg.jp/okano-teruo.html

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4. ABMESダイジェスト

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所(ABMES)の注目の研究成果をわかりやすくお届けするコーナーです。
<最新論文紹介>

◇温度やpHに応答する機能性ポリマー ~リン酸化ペプチド分析への応用
  西尾忠(Tadashi Nishio)ら著

リン酸化ペプチドは、細胞内情報伝達ネットワークにおいて細胞の増殖や疾患に関わる種々の生体応答を制御していることから、創薬・診断分野における主要なターゲットの一つである。そのためリン酸化ペプチドの検出、分離精製は機能解析を行う上で極めて重要である。
本研究では、pHや温度に応答するポリマーを用いて、リン酸基のみを選択的に捕捉する分離担体を作製し、有機溶剤を用いない緩和な条件下でのリン酸化ペプチド分析法を開発した。

Separation of Phosphorylated Peptides Utilizing Dual pH- and Temperature-Responsive Chromatography
J. Chromatogr. A, 2011, 1218, 2079!)2084; doi:10.1016/j.chroma.2010.10.076

◇細胞の配向方向を制御して、生体を模倣した組織の再生を目指す
  高橋宏信(Hironobu Takahashi)ら著

皮膚や角膜、骨組織など、生体内において特定の配向性を持った組織がいくつか存在する。高度に設計されたこれらの組織を忠実に再現することを目的とした、新たな温度応答性培養基材が開発された。この基材に細胞を播種するだけで、細胞および細胞外マトリックスの配向性は制御され、異方性を持った細胞シートの構築が可能となる。

Micropatterned Thermoresponsive Polymer Brush Surfaces for Fabricating Cell Sheets with Well-Controlled Orientational Structures
Biomacromolecules, 2011, 12 (5), 1414!)1418; DOI: 10.1021/bm2000956


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