Vol.14(2011年5月18日配信)

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*このたびの東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
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 こんにちは、RegMed-now編集室です。今回は、東京女子医大GCOE拠点リーダー大和雅之による、再生医療技術と半導体製造技術の発展の類似性と、臨床応用を目指し現在までにおこなわれてきた細胞シート研究の成果ついてのレビューをご紹介いたします。

 RegMed-now は毎月第3水曜日発行です。ご意見、ご感想、新規登録をお待ちしております。


【目次】

1. 『半導体製造技術に学ぶ再生医療本格化のための新規技術:細胞シート工学による組織三次元化技術』
-大和雅之(「未来材料」2009年2月号より)

2. 再生医療トピックス
 ◇第33回グローバルCOEセミナー
  『赤ちゃん一時避難プロジェクトに参加して-震災支援1ヶ月の報告(保田典子)』 開催のお知らせ
 ◇新ジャーナル「BIOMATTER」創刊のお知らせ

3. ABMESダイジェスト(高木亮ら、長瀬健一ら)


1. 『半導体製造技術に学ぶ再生医療本格化のための新規技術:細胞シート工学による組織三次元化技術』

-東京女子医科大学先端生命医科学研究所・TWIns 教授 大和雅之 (「未来材料」2009年2月号より)

<要約>

細胞シート工学は我々が 10年以上にわたって体系的に追求してきた組織再生技術の総称である。
本稿では、現在においてもなお革新的技術であり続ける半導体製造技術を参照しながら、細胞シートを用いた3次元組織の再生技術を概説する。
我々は、次世代細胞シート工学として分厚い実質臓器の再生を目指している。


i. 半導体製造技術の歴史から学ぶ

 集積回路におけるトランジスタの集積密度は18~24ヶ月ごとに2倍になるというムーアの法則と呼ばれる経験則が半導体業界にはあり、これがこの業界の発展を強力に推進した。
 しかし、ムーアの法則それ自身には科学的根拠や合理的根拠はないといってよい。
 インテルの共同創業者であるゴードン・ムーアが1965年に発表した雑誌論文の中で過去を振り返るかたちで言及し、さらにこれを外挿して65000以上の部品からなる集積回路が遅くとも1975年までには作られるであろうと予測している。現実には、関係各社がこの経験則を実現するためにロードマップを作成し、これにしたがって資本投下を継続することによって、ムーアの法則の正しさが維持されてきた。ムーアの法則で示される発展速度は1週間あたり1%以上と驚くべきものであるものの、自分が手を抜けば、誰かに達成されてしまうとの強迫観念がムーアの法則の原動力となっている。
 しかし、このようなロードマップの作成と、これを遵守した資本投下は、当該分野の産業としての発展にはきわめて重要であった。
 最近、サブプライム問題に端を発して世界不況をもたらしたデリヴァティブと呼ばれる金融商品でさえ、ノーベル経済学賞を受賞した経済理論を関係者が信じることによって金融業界の発展に大きく貢献したのである。
 その是非はともかく、産業の発展にはこのような指導的な原理、関係各者がそれを一元的に信じ、遵守することで迷いのない発展を促すような何がしかの仕掛けが必要であるのだろう。

 大変残念なことに、再生医療関連材料の分野には、このような原理は存在していないように見える。ムーアの法則の組織工学版こそが希求されているのではないか。
 たとえば、半導体集積回路において単位体積あたりのトランジスタ密度がきわめて重要であるように、単位面積あるいは単位体積あたりの細胞密度は組織工学においてきわめて重要である。仮に組織工学製品中の細胞数あるいは細胞密度が18~24ヶ月ごとに2倍になるという法則(ここでは仮に大和の法則と呼んでおく)が再生医療業界にあり、これを関係各者が遵守したとすると、表皮、真皮や角膜上皮、軟骨等の組織からスタートした原初的な組織工学・再生医療も心臓や肝臓等の実質臓器を20年以内に作ることができるほどに発展するかもしれない。

 初期の半導体集積回路は、ごく少数のトランジスタや抵抗、コンデンサーなどの部品を集積したものであり、SSI (small scale integration) と呼ばれる。原初的な半導体集積回路であったSSIのユーザはNASAと米軍であった。アポロ計画とミニットマンミサイル(アメリカ空軍の核弾頭搭載大陸間弾道ミサイル、いわゆるICBM (Intercontinental ballistic missile) )は慣性航法用計算機として小型軽量のディジタル・コンピュータを必要としていた。
 ウィキペデアによると、アポロ誘導コンピュータは集積回路技術を進化させるのに寄与し、ミニットマンミサイルは量産化技術の向上に寄与したという。これらの計画が1960年から 1963年まで生産された歩留まりの悪いICをほぼ全て買い取り、これにより製造技術が向上したために製品価格が40分の1になり、それ以外の需要が生まれてくることになったとのことである。興味深いことに最近(2008年4月17日)、米陸軍は、負傷した兵士のための新規再生医療的治療技術の開発を目的としてAFIRM (Armed Forces Institute of Regenerative Medicine) を設立し、5年間で250万ドル(約250億円)もの予算をつけることを発表した。
 熱傷や顔面、四肢の再生を研究課題として上げているようだが、これが組織工学・再生医療の大きな進歩に貢献することを期待したい。

 組織工学はきわめて集学的であらざるをえず、その研究者は分子細胞生物学から組織学、生理学、医学はもちろん高分子化学や製造プロセスに関する応用化学、プラント技術等に対する理解も必要であろう。
 同様に半導体製造技術も光学技術、精密加工、高分子化学、真空技術など多岐にわたる知識を必要とするきわめて集学的な技術である。タコツボ的と評される講座支配の日本の大学の教育・研究環境では、集学的学問への取り組みは不十分とならざるをえないと言われるが、少なくとも1980年代のDRAM開発においては日本の半導体製造技術が世界をリードしていたし、また最先端のフォトマスクや露光装置はそのかなりの部分が日本製である。
 組織工学や再生医療においても日本が世界をリードできないことはないと期待したい。

ii. 未来の半導体技術から学ぶ

 現在の半導体集積回路は基本的に二次元平面上に素子が配置されている。もちろん数層からなっているものもあるが、高層ビルのような数十層もの積層化ではない。
 重層化した際の問題はウエハー間の配線である。
 しかし、最近の研究開発では、三次元の回路集積技術の実用化が目前に迫っているらしい。
三次元化により、二次元平面上に配置された素子間を繋ぐサブミクロンの線幅と全長1キロメートルをも超える現行の超極細配線に起因する発熱、リーク電流、信号遅延などの問題を、劇的に改善できると期待されている。

 たとえば、IBMが2007年に発表した研究成果では、シリコンウエハーを複数枚積層し、各々のウエハーに数千もの貫通孔を作りその中を金属で満たす “Through-Silicon Via” と呼ぶ方法で積層チップ内の三次元配線を実現し、配線長を1/1000にまで短縮できるという。
 さらに信号が流れる経路の数を100倍にまで増加させるため、パフォーマンスや省電力、サイズなどで大きなブレイクスルーをもたらすことが期待され、IBMはこの技術について「ムーアの法則の限界を打ち破るもの」とまで表現している。二次元半導体レイアウトから三次元半導体スタックへとチップ設計を大きく変更するThrough-Silicon Viaでは、従来ウエハーの同一平面上に横に並んでいたチップとメモリデバイスを上下に積層するため、半導体パッケージのサイズを大幅に縮小し、信号の移動距離を劇的に短くする。すなわち、面積密度の劇的な向上、高性能化、低電力化が得られる。

 このような極限にまで追求された二次元平面実装技術に三次元配線技術を導入することで、従来技術の外挿だけでは達成できない劇的な性能向上が実現できる。このような三次元化手法は、我々が提唱してきた細胞シート工学を用いた再生医療技術との類似性を想起させるものである。我々は、すべての組織をシート状に加工した培養細胞から再構築する体系的な技術の開発に10年以上にわたって取り組んでおり、これを細胞シート工学と呼んでいる。
 Tissueという言葉はティッシュ・ペーパーに見られるように薄い層を意味しており、発生学的にもすべての組織が薄い層状の細胞集団(胚葉と呼ばれる)から生じることが明らかになっている。

iii. 細胞シートを重層化して分厚い組織・臓器を作る

 我々は温度応答性培養表面を用いて作製した細胞シートを用いて、これまでに皮膚表皮、角膜上皮、食道粘膜、心筋組織を対象とした再生医療的新規治療技術の臨床応用に成功してきた。さらにこれらの技術を発展させて、上皮組織のように薄い組織ではなく心筋や肝臓といった分厚くかつ細胞を主成分とする組織・臓器の再生を目指して、我々は細胞シートを積層するというアプローチを検討している。

 たとえば、培養肝臓細胞シートを重層化して移植することにより、移植に供した細胞シートの枚数依存的な再生組織の機能向上を得ることができる。ヒトα1アンチトリプシン遺伝子を導入したトランスジェニックマウスから単離した肝実質細胞を用いて作製した培養肝細胞シートを同系の野生株マウス皮下に移植し、血液中を流れるヒトα1アンチトリプシンタンパク質濃度をELISAを用いて定量した結果、細胞シート 2枚の移植により血中濃度が2倍に、4枚の移植でもほぼ4倍に上昇していた。

 このように、温度応答性培養表面を用いて作製した細胞シートを複数枚重層化することにより、細胞密度の高い部厚い組織の作製が可能であると期待されるが、生体内と異なりホスト循環器系に接続する毛細血管網をもたいない状態では、再構築組織中の細胞への酸素、栄養、血中を循環する細胞成長因子の供給と老廃物の排泄は、単純拡散に頼らざるを得ない。あえて言及するなら、この毛細血管網とはまさしく集積回路内の配線そのものである。
 毛細血管網をもたない状態では、心筋細胞や肝実質細胞のように高い酸素要求性をもつ細胞が許容できる再構築組織の厚みは200ミクロン以下でしかない。
 骨格筋細胞などの比較的酸素要求性の低い細胞でも1ミリは難しい。すなわち分厚い組織の再構築には、組織中に毛細血管網を導入することが必須であり、毛細血管網をもたない状態ではきわめて早期にネクローシス(細胞死)が生じる。
 温度応答性培養表面を用いて作製した培養心筋細胞シート中には単離の際に混入していた微量の新生ラット心臓由来血管内皮細胞が増殖して毛細血管網様構造を張り巡らしており、これが移植後数時間のうちにホスト血管系と接続するため、酸素や栄養の供給が速やかに開始する。セルソーターを用いて混入している新生ラット心臓由来血管内皮細胞を除いてしまうと、3枚であっても培養心筋細胞シートの皮下への生着は観察されない。血管内皮細胞を除去した心筋細胞フラクションに別途単離した血管内皮細胞を添加して細胞シートを作製し、冠動脈結紮によるラット心筋梗塞モデルに移植すると、添加した血管内皮細胞数依存的に心機能の改善が観察された。
 我々は、この培養心筋細胞シートを1日に3枚ずつ積層してヌードラット背部皮下に10日連続で移植(心筋細胞シート3枚/日×10日=30枚)することで、皮下に1ミリ厚の心筋組織を再生させることに成功している。しかし、実際の臨床では全身麻酔をかけて開胸手術により細胞シートを心臓に貼付することは困難であるため、ロボットマニピュレータを用いて開胸なしに頻回移植する方法を検討している。
 すでにロボット手術装置ダ・ビンチを用いて開胸なしに欧米では1500例もの冠動脈大動脈バイパス移植術が施術されていることから、このようなマニピュレータを用いて肋骨の間から心臓表面に細胞シートを移植することはさほど困難でないと期待される。我々は胸腔鏡下手術用の細胞シート移植デバイスを開発し、小さなポートから大きなシートを丸めて挿入し、胸腔内でシートを展開して肺表面に貼付することに成功している。

iv. セル・プロセシング・センター

 平成18年9月1日より厚生労働省による「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」が施行され、再生医療および樹状細胞等を用いるガン免疫療法等の臨床研究においては、学内倫理委員会の承認後に厚労省の審査および厚生労働省大臣の意見を求めることが必要となった。
 臨床研究に用いる細胞の培養には、医薬品の製造施設に求められるGMP (Good Manufacturing Practice) 準拠のセル・プロセシング・センター (Cell Processing Center: CPC) が必要であり、培養環境の整備と培養操作にかかわるスタッフの教育訓練が求められる。
 また、臨床の現場で世界初の臨床研究をおこなう上で、外来診察、口腔粘膜組織採取、CPCでの培養から、培養口腔粘膜上皮細胞シートの運搬や実際の内視鏡室での移植までの一連の過程が円滑に稼働するようなシステムの構築も同様に必要である。

 CPCを含む無菌的生物製剤製造施設は、無菌管理、バイオハザード対策、交叉汚染防止対策、取り違え防止対策、清浄度ゾーニング区分管理、動線管理、室圧管理、風向管理、更衣手順など様々な課題を考慮した設計と運用が必要であり、残念ながら現在までに必ずしも確立されたものとなっていない。
 現行では、すべての作業を人がおこなっているが、作業者自身が大量の粉塵を発生させることから、また作業の高度な再現性の追求や人件費の削減の観点からも将来的には自動培養装置を用いた無人化が求められていくものと考えられる。
 すでに全自動培養装置の開発事例が複数存在するが、実際に上市されたものはない。この分野でも半導体製造業は大きく先を走っており、無人の工場で様々な半導体が粛々と製造されている。このような先行技術から多くを学ぶべきであろう。

v. 未来に向けて

 半導体製造産業の大成功の基礎をなす集学的な研究開発体制は、組織工学・再生医療分野においても実現されるべきであり、再生医療本格化のためにはさらなる努力が必要である。
 三次元配線技術に見られる最先端半導体素子技術と共に分厚い組織の再生のための細胞シート積層化技術に大きな期待が集まっている。

<用語解説>
・温度応答性培養表面:
表面に温度応答性高分子を共有結合的に固定化した培養表面。
トリプシンなどのタンパク質分解酵素を必要とすることなく室温程度の低温処理のみで、培養細胞を回収できる。

・再生医療:
組織構造を再構築する集学的技術である組織工学と、組織を作る細胞の種となる幹細胞に関する幹細胞生物学を両輪とする体系的な新規医療であり、熱が出たら解熱剤を飲むといった対症療法的な薬物治療や、ガンの切除に代表される切除中心の外科的治療とは異なり、失われた組織・臓器の機能を再生し、QOLの維持と根治治療を可能にすると期待されている。

・毛細血管網:
分岐した動脈と静脈の末端の間を繋ぐ最も細い血管のネットワーク。
各々の毛細血管の直径は8~20マイクロメートル程度である。細胞間隙から白血球や血漿が組織中に漏出すると共に、血管壁を介してガス、栄養分、老廃物の交換をおこなう。

・GMP (Good Manufacturing Practice) :
薬事法に基づいて厚生労働大臣が定めた医薬品等の製造管理および品質管理基準。
2005年度施行の改正薬事法では、事業者が遵守すべき工場などの製造設備(ハード)と品質管理・製造管理(ソフト)が製造販売承認の要件となっている。


◇大和 雅之(ヤマト マサユキ)
東京女子医科大学先端生命医科学研究所(TWIns) 教授
専門:組織工学・再生医療・幹細胞生物学

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2. 再生医療トピックス

◇第33回グローバルCOEセミナー

演者:保田典子(東京女子医科大学大学院 先端生命医科学系専攻 再生医工学分野 大学院生、小児科医師)
演題:『赤ちゃん一時避難プロジェクトに参加して-震災支援1ヶ月の報告 』
日時:平成23年5月19日(木) 18:00-19:00
場所:TWIns 2階 イノベーション推進室
URL:「赤ちゃん一時避難プロジェクト」http://baby.wiez.net/

◇新ジャーナル「BIOMATTER」創刊のお知らせ

東京女子医科大学 GCOEプロジェクト拠点リーダーの大和が編集委員をつとめる、バイオマテリアルの医療応用にむけた研究に関するジャーナル、BIOMATTERが2011年7月に創刊されます。皆様のご投稿をお待ちしております。
URL: http://www.landesbioscience.com/journals/biomatter/

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3. ABMESダイジェスト

東京女子医科大学 先端生命医科学研究所(ABMES)の注目の研究成果をわかりやすくお届けするコーナーです。
<最新論文紹介>

◆ 早期食道がん治療のためのヒト口腔粘膜上皮細胞シートの製造法が確立!
  高木亮ら (Ryo Takagi et al.)著

早期食道がんの内視鏡による切除は、通常そのまま放置され、疼痛や発熱、時には瘢痕狭窄を惹き起こすが、このような潰瘍面への口腔粘膜上皮細胞シートの移植がイヌにおいて有効であることは既に示されている。
本研究では、無菌環境を担保したCPC(セルプロセッシングセンター)内でのヒト口腔粘膜上皮細胞シートの製造法と、その有用性が示された。

Fabrication of human oral mucosal epithelial cell sheets for treatment
of esophageal ulceration by endoscopic submucosal dissection
Gastrointest Endosc. 2010 Dec;72(6):1253-9. doi:10.1016/j.gie.2010.08.007

◆ 必要なタンパク質のみを回収する方法~温度応答型タンパク質吸着材
  長瀬健一ら(Kenichi Nagase et al.)著

現在、医薬品で用いられるペプチド・タンパク質は、その機能を維持したまま、さまざまな副生成物や不純物から単離する必要がある。
そこで、目的のタンパク質の電気的特性、疎水性を利用し、数種のタンパク質混合溶液から回収する吸着材を開発した。
この吸着剤は医薬品のタンパク質の製造工程などのラージスケールでの使用から、HPLC担体としての使用などの、さまざまな用途が期待される。

Thermo-responsive protein adsorbing materials for purifying
pharmaceutical protein on exposed charging surface
J. Mater. Chem., 2011, 21, 2590-2593. doi: 10.1039/C0JM03453C, Paper


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