Vol.12(2011年3月2日配信)

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 こんにちは、RegMed-now編集室です。
 このメールマガジンは再生医療に興味のある研究者・医師の皆様のために現場発、最新の再生医療研究に関する情報や知識を正確にかつわかりやすくお届けすることを目的としております。ご意見、ご感想、新規登録をお待ちしております。

 昨日より開催されておりました第10回再生医療学会総会は大変活発な討論が繰り広げられ、盛況の内に終わりました。最先端の再生医療を研究報告だけに留めることなくいかに普及させるか、課題は山積しています。しかし、そういった問題もいつかは必ず解決してみせるという研究者たちの熱い情熱を感じる二日間でした。さて、本号は岡野先生のインタビュー第4回として、研究所で作られた細胞シートがどのようにして臨床治験に進んでいったのか。臨床研究やベンチャー設立のエピソードを中心にお伝えします。


【目次】

1. インタビュー企画『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第1弾 岡野光夫
 ●第4回「温度応答性培養皿の開発と細胞シートの臨床応用<後編>」

2. 再生医療トピックス
 ◇再生医療産業化戦略シンポジウムのお知らせ


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第1弾 
-東京女子医科大学先端生命医科学研究所・TWIns 所長・教授 岡野光夫

【プロフィール】
岡野 光夫(おかの・てるお)
1949年生まれ、東京都出身。1979年、早稲田大学大学院高分子化学博士課程修了(工学博士)。
その後、東京女子医科大学医用工学研究施設助手、ユタ大学薬学部Associate Professorなどを経て現職。再生医療界で注目の技術である温度応答性培養皿を用いた「細胞シート」工学の創始者。
2008年4月には、世界に類を見ない、複数の大学からなる、医学と工学の研究・教育の融合拠点として「東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)」を開設。
2009年、紫綬褒章受章。


☆シリーズ第1弾を読む > 第1回第2回第3回第4回最終回

●第4回 「温度応答性培養皿の開発と細胞シートの臨床応用<後編>」

 前回までに、アメリカから日本に帰国し、温度応答性培養皿を開発するまでの経緯を伺いました。今回は、この培養皿を使って作製した細胞シートがどのようにして臨床研究にまでつながっていったのか。そして現在の状況について伺いました。

――先生は最初から、細胞シートは今のように使えるものになるという信念をお持ちだったのでしょうか?

 そうだね。でも、やっぱり今のように細胞シート工学が発展したのは、大和雅之君(現・先端生命研教授)が来たのが大きいと思うんだよね。1996年に未来開拓学術研究推進事業という、国家プロジェクトを始めることになって、「細胞シートを使って治療をしたり臓器を作ったりするぞ」と意気込んでいた。それが始まった頃、分子生物学が専門の大和君が博士研究員として移ってきてくれたの。そして何年かしてプロジェクトの終盤で清水達也先生(現・先端生命研准教授、循環器内科医)が参加してくれて。その後、眼科の西田幸二先生(現・大阪大学教授)と角膜上皮細胞シートの研究を始めたり、心臓外科の澤芳樹先生(現・大阪大学教授)と心筋細胞シートの研究を始めたりして、プロジェクトはどんどん大きくなっていった。

 清水先生は細胞シートを使って厚い心筋を生体外で作る研究を進めていて、2~3年でシャーレの中で動く心筋組織を作って循環器の国際専門誌に発表した。それからも、神崎正人先生(現・女子医大呼吸器外科講師)とか、白柳慶之先生(現・神奈川県立こども医療センター泌尿器科医長)とか、大木岳志先生(現・女子医大消化器外科助教)とか、いろいろな医師たちが入り込んできてくれて。大和君や清水先生が医師たちを引き付けるのに大きな役割を果たしてくれて、細胞シート工学はだんだん臨床にまで拡がっていったという感じだね。

――お話を伺っていると、やはり、医師の皆さんが集まってきて研究成果を臨床応用にまでいくつもつなげているところが、細胞シート研究の特徴ではないかと思うのですが?

 2003年に初めて、角膜の臨床応用を西田先生が始めたんだ。2006年には澤先生が足の筋肉から筋芽細胞をとり、これを細胞シートにして心臓に直接移植。2008年には大木先生が食道の内視鏡的粘膜下層剥離術への細胞シート利用、2006年には共同研究していた東京医科歯科大学の石川烈先生(現・東京医科歯科大学名誉教授)が女子医大に移ってきて、岩田隆紀講師(現・東京女子医科大学講師)がこのプロジェクトに参加し、歯周病の治療のために歯根膜シートの研究を進め2011年に入って臨床研究をスタートできるところまでにした、そういうふうにしてどんどん拡がっていってるんだよ。

 こういう中で、僕は培養皿で細胞シートを作っていた。まあ、通常の高分子研究者だったら、そこでやめちゃうのかな。でも、細胞シートにどんな価値があるかというのを、皆に見せないと分からなかったわけだから、坂井さんがベンチャー企業のセルシードを立ち上げて、共同研究していたファルマシア株式会社の長谷川さんが一緒にやってくれて、温度応答性培養皿の製品化が実現したんだね。

 いろいろな医師が協力してきてくれたけれど、「僕は細胞シートの技術を持っているから、先生はこれやって」と丸投げするのではなくて、「その手術でこうやって貼付けてみたらどうだろう」というように、時間をかけて一緒に考えながら進めてきたんだ。そのやりとりに時間をかけてきたんだよ。やっぱり、例えば角膜移植に何回もトライして、その大変さや新しい技術の必要性を知っている人と組むから、新しい技術、使える技術が生まれるんじゃないかな。細胞シートを作って、それを移植して、改良して、いろいろな病気をどんどん治そうというシナリオが始まってもう20年。ようやく今、こういうかたちで世界中が認めてくれるようになってきた。

――そういったご経験が、「医工連携」をコンセプトとする、医学部と工学部の融合研究拠点TWInsの設立につながっていったのでしょうか?

 2003年頃、女子医大の隣にあった政策研究大学院大学の移転が決まって、土地が売りに出されたのね。そこで、早稲田大学と組んで研究所を立ち上げるという話が持ち上がって、僕も走り回ってさ。ちょうどその頃、早稲田大学では理工学部出身の白井克彦先生が総長になっていて、お互い忙しい合間を縫って顔を合わせては、「これまでの専門分野に細分化した研究から抜け出すために、とにかく新しい仕組みを作らないと日本は動かない」などと、2人で喧々諤々やっていた。

 実は、最初は女子医大も早稲田も、組織としてはあまり乗り気ではなかったんだけれど、とにかくいろいろな角度でプッシュして、白井総長が「やる」って言ったら、うちの理事長も「じゃあ」ってことで、2008年にTWIns開設に漕ぎ着けた。以来、大きなプロジェクトを進めることができるようになってこのグローバルCOEも始まって、今の研究ができる礎が順調に築かれてきたんだね。

・・・・・・・・・

第5回「岡野光夫の夢-若手に伝えていきたいこと-」へ続く

(インタビュアー:田村・村岡/編集:RegMed-now編集部・シーニュ)

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2. 再生医療トピックス

◇再生医療産業化戦略シンポジウムのお知らせ

 『再生医療の産業化に向けた戦略と展望』と題しまして、再生医療を新規産業としてどのように発展させていくかを議論するシンポジウムが開催されます。

会期:2011年3月8日(火)13:00~17:30 (開場12:00)
会場:一橋記念講堂(東京都千代田区一ツ橋2-1-1)
URL(PC版):http://www.jsrm.jp/symposium/110217.pdf
*詳しくはURLをご覧下さい。


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