Vol.11(2011年2月9日配信)

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 こんにちは、RegMed-now編集室です。
 このメールマガジンは再生医療に興味のある研究者・医師の皆様のために現場発、最新の再生医療研究に関する情報や知識を正確にかつわかりやすくお届けすることを目的としております。ご意見、ご感想、新規登録をお待ちしております。

 細胞シートによる再生医療は昨今、テレビ報道等の影響で研究者、医療従事者の方々だけではなく一般の方からも少しずつ認知されてきており、その注目度は大変高いものであると実感しております。今号は岡野光夫先生のインタビュー第3回として、細胞シートを作製するうえでキーとなる温度応答性培養皿の開発と、その細胞シートを用いた臨床研究に関するエピソードを中心にお伝えします。


【目次】

1. インタビュー企画『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第1弾 岡野光夫
 ●第3回「温度応答性培養皿の開発と細胞シートの臨床応用<前編>」

2. 再生医療トピックス
 ◇第27回日本DDS学会学術集会開催のお知らせ
 ◇第43期バイオメディカル・カリキュラム 受講生募集!


1.インタビュー企画 『未来医療への挑戦者たち』 シリーズ第1弾 
-東京女子医科大学先端生命医科学研究所・TWIns 所長・教授 岡野光夫

【プロフィール】
岡野 光夫(おかの・てるお)
1949年生まれ、東京都出身。1979年、早稲田大学大学院高分子化学博士課程修了(工学博士)。
その後、東京女子医科大学医用工学研究施設助手、ユタ大学薬学部Associate Professorなどを経て現職。再生医療界で注目の技術である温度応答性培養皿を用いた「細胞シート」工学の創始者。
2008年4月には、世界に類を見ない、複数の大学からなる、医学と工学の研究・教育の融合拠点として「東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設(TWIns)」を開設。
2009年、紫綬褒章受章。


☆シリーズ第1弾を読む > 第1回第2回第3回第4回最終回

●第3回「温度応答性培養皿の開発と細胞シートの臨床応用<前編>」

 前回までに、ユタ留学時代に当時ユタ大の学生だったベイ先生(You Han Bae)と共に温度応答性高分子のポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)を用いた温度応答性ハイドロゲル研究を始めるまでの経緯を伺いました。今回は DDS(薬剤送達システム)への応用を目的とした温度応答性高分子の研究から細胞シート作製技術の開発までを、先生のキャリアの流れを追いながら伺います。

――博士号取得から留学、帰国までのいきさつをおさらいさせてください。

 博士号を取った後、僕と片岡一則さん(現・東京大学教授)は女子医大の助手にしてもらった。そして、僕は早稲田大学の篠原功先生の研究室から来た学生と、片岡さんは東京大学の鶴田禎二先生の研究室から来た学生と一緒に研究していた。その頃に一緒にやっていた学生たちは皆、今は企業や大学で活躍しているよ。その後1984年に僕はアメリカへ渡ったんだけれど、女子医大に籍を置いておけるのは2年までだったので1986年には日本に戻るか、アメリカに残るか決めなければならなかったんだ。

 その1986年頃、アメリカではDDS専門の研究所ができて、キム先生(Sung Wan Kim)が所長になって、アクティブに研究をやり始めていた。僕自身も、またアメリカへ渡ってテニュア(*1)と研究資金を獲って、わりと順調にアメリカの研究をスタートさせていたんだ。ベイさん(You Han Bae)、グレンジャーさん(David W. Grainger)、パクさん(Ki Dong Park, 現・University of Ajou, 教授)をはじめ、優秀な学生たちの力も大きかった。それに加えてアメリカに家も買ったし、女子医大に戻ってくるつもりはなかったんだ。

*1 テニュア: 米国における終身雇用が約束された大学教員のポスト

 そんな状況だったから、櫻井靖久先生(先端生命研の前身である医工研施設長<当時>)から「助教授のポストが空いたから帰ってこい」と言われても、はじめはお断りした。だけれどその後、片岡さんがアメリカに来て日本にバイオマテリアルの新領域を一緒につくっていこうと強く、熱く説得されて、しばらくの間、半分はアメリカの仕事、半分は日本の仕事をするという条件で日本に帰ることにしたんだ。それが1988年のこと。

――日本に戻られてから、DDS用のハイドロゲルとして使われていた温度応答性高分子を培養皿に応用することで温度応答性培養皿が生まれたのですね。DDSから細胞培養へという発想の転換は、どこから生まれたのでしょうか?

 ゲルというのは形態変化にものすごい時間がかかる。たとえば、水を含んで膨潤したゲルを脱水して収縮させようとすると、表面から先に水が放出されて縮んでしまうんだ。そうすると、その疎水性になった表面の層がゲル内部の水の放出を阻害して、ゲルの内部は膨潤したままになる。

 要するに、表面だけはものすごく速く状態を変えられるけれど、内側を変えるにはものすごく時間がかかるんだよ。だから、「温度応答性高分子のゲルをすごく薄くして冷たい水に入れたら素早く溶けて、反対に温度を上げると、これも素早く収縮するのではないか。そういう使い方を考えないとな」ということがずっと頭の中にあった。日本へ帰ってきて「何か新しいことをやらなくちゃいけない」と思っていたからね。

 でもある日、高度な機能を持つ細胞を増やしたあと酵素処理をして培養細胞を剥離・回収しているときに、「酵素でタンパク質を分解してしまうのがもったいないな」と思った。そして「温度を下げ細胞と表面の疎水性相互作用を弱くしてはがしたら、細胞の構造と機能を破壊することなく、絶対いい手法ができるんじゃないか」と思ったんだ。ところが、培養皿に温度応答性高分子のゲルを化学結合させコーティングしてみたら、細胞がはがれるどころかくっつきもしない。そこで試行錯誤を繰り返して、ゲルをごく薄く固定すると細胞が接着、培養でき、温度を下げたらはがれることを発見したんだ。まだ表面の高分子の厚さを当時は測定できなかったけれど、20ナノメートルくらいの厚みで表面固定することが重要だと後で分かった。ほかのチームの人たちはゲルを厚く塗っていたから細胞が培養できなかったわけで、この発見が重要な基本特許となったんだ。

 その頃、花王株式会社から女子医大に来ていた研究生が、いま温度応答性培養皿(商品名:UpCell)を製造・販売してくれている株式会社セルシードの坂井秀昭さんでね。坂井さんとは、「細胞を増やした後、タンパク質分解酵素を使わずにそのままはがしたいんだ」という話から研究を進めていて、1990年にはもう細胞シート作製用の培養表面に関する特許を出したんだよ。そして、「細胞のシートが作れる」という内容で初めての論文を書いた。それが認められて未来開拓学術研究という大型の国家プロジェクトができるようになったんだ。高分子分野の研究者ばかりで固まるのではなくて、そこに医師が入ってきたり早稲田大学、上智大学、東京理科大学とか色んな大学の人が入ってきたりしたからこそ、研究が広がっていったんだと思うよ。

 余談だけど同じ頃、片岡さんとは高分子のミセル(*2)を研究していてね。僕がアメリカから帰ってきた1987年頃から高分子のミセルを作り始めて、 1990年にはなんとか薬物キャリアとしての高分子ミセルを開発していた。今、新しいDDS製剤として臨床研究が進められているけど、振り返って思えば、ちょうどその頃に今の基盤になるような研究をやっていたんだね。

*2 ミセル:油になじみやすい部分と水になじみやすい部分の両方を持つ分子が、水の中で油になじみやすい部分を内側にして集まった集合体(石鹸など)

・・・・・・・・・

第4回「温度応答性培養皿の開発と細胞シートの臨床応用<後編>」へ続く

(インタビュアー:田村・村岡/編集:RegMed-now編集部・シーニュ)

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2. 再生医療トピックス

◇第27回日本DDS学会学術集会“DDS が拓くライフイノベーション”開催のお知らせ

 岡野先生が理事長を務める日本DDS学会学術集会が6月に行われます。今回の大会長は片岡一則教授(東京大学大学院工学系研究科/医学系研究科)が務めております。
 たくさんのご参加をお待ちしております。

会期:2011年6月9日(木)~10日(金)
会場:東京大学本郷キャンパス
発表申込締切:2011年3月10日(木)正午
URL(PC版):http://www.bmw.t.u-tokyo.ac.jp/DDS2011/index.html

◇第43期バイオメディカル・カリキュラム 受講生募集!

 東京女子医科大学では、医療産業に携わる社会人が1年間で医学と工学を系統的に学習する講座を約40年にわたり開講しています。

開講期間:2011年10月〜2012年9月
申込み〆切:2011年7月末日
詳細はWeb(PC版)をご覧下さい→http://www.twmu.ac.jp/ABMES/BMC/


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